2ntブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

the younger sister's elder sister

通い慣れたボクシングジム。
オレは今日もこのジムで一段、高い場所から様々な練習生がそれぞれトレーニ
ングに励む光景を眺めていた。
それは何時もの見慣れた風景。だけど、オレはその様子をいつになくそわそわ
しながら眺めている。
一日の練習の後、締めのスパーリング。これも毎度のトレーニングメニュー。
でも、今日の相手はヒカルではない。用事があると言って来られなくなったヒ
カルの代役を買って出た海晴。
オレにとってその申し出に意外さを感じたけど、ヒカルはそれを聞いた途端に
難しい顔をしながらこう言った。
「海晴姉はああ見えて六年以上やっている。当然、私よりずっと強いからな」
以前、ヒカルはジムの男は自分相手に真剣にならないと言っていたがその理由
がヒカルの強さだけではないような気がしてきた。
それと同時オレはヒカルの言葉に疑問を感じた。ヒカルが家族を守るために強
くなったと言う話は天使家へ入るときに聞いたけど海晴まで強いなんて…
そんな疑問がオレの顔に出たらしくヒカルはオレの察しの悪さにため息をつき
ながら更に言葉を続けた。
「オマエ、バカだな。海晴姉が私と同じ事を考えてもおかしくないだろう」
オレはその言葉に頭をかきながら苦笑した。
ヒカルの言う通りだ。大人数の姉妹の長女なら妹たちを守りたい。そう思う事
があってもおかしくないだろう。
ただ、それがボクシングという意外な方法だっただけのことだ。オレはそこま
で考えて突然、納得してしまった。
なんだかんだ言って姉妹なんだ、海晴もヒカルも。姿だけではなく考えも似て
るんだからと。

オレが今朝の風景を思い出していると海晴がリングへと上がってきた。
腰まである長い髪を後ろで束ね、スカイブルーのタンクトップにマリンブルー
のトランクス。手には太陽を思わせる紅のグローブ。
朝のウェザーニュースに出演するパステル系のスーツとは違う勇ましい姿。
それは海晴の魅力と相反するものだったけど、いや相反するものだからこそ海
晴の色香を際だたせていた。
先程までの落ち着きの無さを忘れ思わず海晴に魅入っているオレ。そんなオレ
に海晴が声をかけてくる。
「どう?中々、似合うでしょ。私の名前をイメージしてみたの、これ」
その言葉にオレは成程と納得する。晴れた空、蒼い海、真っ赤な太陽。全て海
晴の名を表わすものばかり。
そこまで考えてオレはふと別の考えが浮かぶ。こんな恰好すると言うことは自
分の強さに自信があるんだよなと。
そこでオレは弛んでいた気持ちを引き締めた。他の練習生から強くなったとは
言われるものの未だヒカルには及ばないオレ。
そして、そのヒカルが自分よりもずっと強いという海晴。そんな海晴が相手を
してくれるのだから普段とは違う姿にみとれて浮ついた気持ちではいられない。
オレがそう思ったところで海晴が再び声をかけてきた。
「その顔は戦闘準備OKって感じね。それじゃ、始めましょ」
海晴のその言葉に俺たちは互いにファイティングポーズを取った。

サウスポースタイルのファイティングポーズを取った海晴の表情からいつもの
優しさが消え失せ一気に引き締まる。その表情はますますヒカルと似ていた。
だけど、感じるプレッシャーは全く違う。数年後、ヒカルがもっと強くなった
らこんなオーラを漂わせるんじゃないか。
オレはそんなことを考えながらなるべく円を描くようにして海晴との間合いを
詰め始めた。
そんなオレに対して海晴もオレが死角に入り込まないようにフットワークを使
う。ヒカルが自分よりも強いと言うだけのことはある。
ただの間合いの取り合いでオレがそう感じたところで海晴の拳が閃いた。
鋭い右のジャブがオレの顔に着弾する。でも、オレはヒカルに鍛えられてたお
陰でそれをもろに食らう事はなかった。
着弾の直前に身を反らし、クリーンヒットを免れる。そして、オレは右に左に
フットワークを駆使しながら海晴の懐に飛び込む機会を窺った。
だけど海晴はそんなオレに対して的確なポジションを取りジャブを当ててくる。
その数を十発まで数えたオレは海晴のジャブを喰らうのは当然のものだと覚悟
し、思い切って海晴の懐に飛び込もうとした。
でも、その覚悟はあっさりと裏切られる。ジャブを予想した瞬間、海晴の右手
は全く動きを見せなかった。
ここがチャンスと言わんばかりに俺は拳を振ろうとした。その時、右頬から脳
髄に突き抜ける衝撃を感じた。

オレが飛び込むタイミングに合わせての左フック。それはオレが前に出る力と
合わさりカウンターパンチの様にその威力を倍増させた。
あまりの衝撃にオレは身体を無理矢理、捻らされ俯せにダウンした。
「ハイ、ここで休憩。無茶しちゃ駄目よ」
頭の中で鐘が鳴っているような感覚に陥ったオレに海晴がいつもの優しい声で
そう告げた。
まだ、クラクラする頭を持ち上げ何とかリングに座り込むとオレは海晴の言葉
に従った。呼吸を整え確実に立ち上がれるまで身体と脳が回復するのを待つ。
オレは海晴のフックを食らった頬の痛みが引いたところで立ち上がった。
いや、もしかしたら痛みが引いたのではないかも知れない。アドレナリンが沸
いてきて痛覚が麻痺し始めたのかも知れない。
なぜならオレはヒカルと出会った日の剣道の試合、そして、ボクシングのスパ
ーリングの時と同じように悪足掻きをしてやろうと思い始めていた。
立ち上がり構えを取ったオレと海晴の視線が絡み合う。その瞬間、海晴の目に
僅に険が宿る。
オレはそれに構わず再びフットワークを駆使し海晴の懐に飛び込もうとした。
更には海晴が手を出す前にこちらからジャブで牽制する。
オレはダウンする前に比べると自分の身体が軽く感じていた。その感触はヒカ
ルとのトレーニングでも感じたことはない。
海晴の防御テクニックはヒカルに比べて間違いなく上だった。ヒカルにならガ
ードさせることの出来るパンチをあっさりとかわしていく。
だけど、海晴は防戦一方だった。

これなら行けそうだ。俺はそう思い一度、後ろに引いてから横へ揺さぶってや
ろうとした。
でも、それは出来なかった。背中に感じたのはコーナーポストの感触。
攻めているつもりだったが逆に追い込まれていた事に気付いたオレ。
そんなオレの脇腹を海晴の左ボディフックが襲う。オレはそれをガードしよう
とした。
だけど、サウスポースタイルの海晴のパンチはオレの反応より早く肝臓を抉っ
た。痛みはそれ程、感じない。けど、衝撃はオレの身体から自由を奪う。
更に海晴の右のダブルがオレを直撃する。最初に来たのはボディアッパー。
その一撃はオレの身体を浮かせるほどのものだった。コーナー際でなければ吹っ
飛ばされていくらか衝撃は逃げただろう。
でも、今はコーナーに閉じこめられたいる。逃げるはずの衝撃はオレの鳩尾に
全て集約され、更にはコーナーポストに押しつけられたことによってその威力
が倍増する。
オレは身体をくの字に曲げた。そこへ顎を貫くアッパーカット。オレは天井を
見上げコーナーポストに背を預けたまま崩れ落ちた。
相変わらず痛みはそれ程、感じない。だけど、身体の自由は利かなくなってい
た。それでもオレは震える膝を叱咤して立ち上がった。

リングの中央へ進み、両の拳を構えたオレを見る海晴の目が今まで以上に険し
くなった。その瞬間、海晴は動き出す。
ヒカルとは比べものにならない速さで一気に間合いを詰めた海晴はコンビネー
ションを放った。そのパンチの鋭さは今までとは比べものにならない。
先ずは正面からの衝撃が二発。最初の一撃は鋭く、次の一撃は重みのあるもの
だった。それから、左頬を抉られる感触。
ワンツーからの右フックでオレの身体はまた自由を奪われた。だけど、オレは
身体を捻られながらも必死に踏みとどまった。
その瞬間、海晴が更に肉薄する。次の瞬間、オレの顎は真下からではなく右斜
め下から打ち上げられた。
オレはヒカルにKOされた時以上の浮遊感を感じた。続いて高所から落下する
ような感覚。
その落下する感覚に怖さはなかった。むしろ気持ちが良い。スカイダイビング
をしたらこんな感じなんじゃないかと場違いな思いが脳裏を過ぎる。
そして、最後に見たのは海晴が左足を前に踏み出し左の拳を振り上げた姿。
それはヒカルが一度、見せてくれたスマッシュとか言うフィニッシュブローだっ
た。
オレはその綺麗なフォームを目に焼き付けたまま意識がブラックアウトした。

気が付くとオレはジムのベンチで海晴の顔を見上げていた。体勢を考えると海
晴はオレを膝枕してくれてるのだろう。
後頭部に柔軟さと強靱さを兼ね備えた足の感触が伝わってくる。見た目以上に
鍛えられたその感触にオレは海晴のパンチの強さに合点がいった。
足腰の強さは下半身の安定につながり、安定した下半身は打撃力をあげる。そ
して、足がこれだけ鍛えられていれば他の部分も鍛えられてるに違いない。
一瞬、腹筋や背筋の感触を確かめたい衝動に駆られたけど、一つ間違えば今度
はバンテージを巻いた拳でKOされる気がして思いとどまった。
「大丈夫?無理しちゃ駄目って言ったじゃない」
海晴が厳しく、それでいて優しさも感じさせる口調でそう言った。どうやら、
最初のダウン以降のオレの考えが読まれていた様だ。顔が殴られた腫れとは違
うもので火照り始める。
海晴はそんなオレの頭をバンテージを巻いたままの手で撫で始めた。
「でも、あの状況なら口で言っても判らなさそうだったし…悪いけどKOさせ
て貰ちゃった」
海晴はそう言いながらオレの頭を優しくなで続けた。
「勝負を諦めないって言うのは良いことだけど、それは相手と実力が伯仲して
いるとき。相手が強い時には引くことも憶えなきゃダメ」
そこで海晴は優しい笑みを浮かべる。
「ヒカルはそう言うの教えるの下手だから…」
いや、それ以前にヒカルが引く事なんてあるんだろうかと思いながら海晴の笑
みにつられてオレも笑みを浮かべてそう答えた。その直後、オレは痛みに顔を
しかめる。
「ほらほら、無理しちゃ駄目って言ったばかりじゃない」
海晴はそう言うとくすくすと笑い始めた。オレもそれにつられ笑い始める。今
度は痛みを感じない。
ひとしきり笑い終えた後、海晴は真面目な顔をしてこう言った。
「ヒカルちゃんだけじゃ行き届かないところもあるみたいだし、私も手伝って
あげる。君が強くなるのを」
オレはその言葉に素直に感謝した。それと同時に寂寥感も憶える。
海晴やヒカルのように強くて優しい人間にオレはなれるのだろうかと。
twitter
検索フォーム
リンク
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

最新コメント
最新トラックバック
FC2カウンター
現在の閲覧者数:
ブログパーツ