2ntブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ある日の風景

「へへっ、道着に袖を通すのも久しぶりだな~」
小柄でショートカット、ボーイッシュな雰囲気が印象的な少女はそう言うと腰
の黒帯を締め嬉しそうな笑みを浮かべた。
少女の名は菊地真。765プロ所属のアイドルであり切れのあるダンスと低音
の効いたボーカルで男女を問わず人気を集めている少女だった。
そんな真がオフを利用し久しぶりに訪れたのは昔、父親に言いつけられ通って
いた空手の道場。
女の子らしくありたい。そう考える真は初めの頃は嫌々ながら通っていた道場
だが、一度始めた事は全力投球しなければ気が済まない性格と生来の運動神経
が相俟ってその腕前は並々ならぬものになっていた。
そうする内に真は空手を続ける事に対して抵抗を憶えなくなっていった。自分
にとって身体を動かすのは何より楽しい事だと改めて自覚していたからだ。
そして、その思いも真の空手の上達へと力を貸していた。

着替えを終えた真が道場へと足を踏み入れると一人の体格の良い青年が真へと
歩み寄ってくる。
大きな大会で何度も優勝をさらい、空手界の将来の星とも未来のK-1ファイ
ターとも言われている存在である。しかし、そんな青年も真の腕前には遠く及
ばないでいた。
「真さん、今日の自由組手もよろしくお願いします!」
青年は一礼してから真に組手を申し込む。その言葉遣い、態度から青年は年下
である真に対して敬意を払っている事が伺えた。
「こちらこそ、よろしくお願いします。ボクもあなたとの組手、楽しみにして
きました」
青年の申し出に対し、真も快くそう答えた。会う度にその腕を上げてくる青年。
真はそんな青年に対しいつの間にか競争心を燃やしていた。しかし、真にとっ
てそれは強さへ対する執着ではなかった。
競い合う事の純粋な楽しさ。それは真がこの青年との組手へ対する情熱の原動
力だった。

準備体操を行い、技の練習、型、約束組手など一通り終えた後、この道場で重
きを置かれている有志による自由組手が開始された。
初等の者から次々と行われる自由組手。
組手を終えその結果に対する総評を先輩、師範等から受ける門下生達を眺めな
がら真と青年は自分達の出番へと向け精神を研ぎ澄ましていった。
そして今日、最後の組手として二人が呼び出される。
真と青年は白線の前に立つと師範の号令に従い一礼してから構えを取った。
間合いを計りつつじりじりと動く二人。道場をまるで本当の試合の様な張り詰
めた空気が支配する。
先に動いたのは真だった。瞬く間に青年へと向け一歩踏み出すと中段の正拳追
突きを繰り出す真。その突きは青年の反応を許さず鋭く鳩尾を貫いた。
激しく咳き込みながら膝を突く青年。
それに対し真は構えを解かず真剣な面持ちで相手の反撃に備え残心している。

「もう一本、お願いします!」
青年は呼吸を整え立ち上がると構えを取った。
師範が組手の再開を宣言する。それと同時に青年は真へ対し次々と突きを放っ
た。
それに対して真はその突きを受け流し次々と捌いていく。その様子はさほど力
を入れている様に感じなかった。
なかなか、突きが当たらない事に焦れてきた青年は一度、間合いを取り仕切り
直そうと前蹴りを放った。しかし、その前蹴りもあっさりと捌かれ青年は体勢
を崩す。
そこへ真の上段回し蹴りが放たれた。綺麗な弧を描きその回し蹴りは青年の頭
部へと吸い込まれる。その一撃は青年の脳と三半規管を激しく揺さぶり平衡感
覚を失わせた。
青年はたたらを踏むとそのまま板の間へと倒れ込んだ。
白目を剥き気を失った青年。そんな青年に対し真は再び残心する。
そこにはステージの上や普段、見せている快活さはなかった。だが、プロ格闘
技の選手の様な闘争心も感じられない。
真から感じられるのは悟りを開いた聖者の様な静けさ。それは真が強さへの執
着を持たないからこそ辿り着いた境地だった。
そして、それは真が体格に勝る青年を打ち倒す実力の源でもあった。
twitter
検索フォーム
リンク
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

最新コメント
最新トラックバック
FC2カウンター
現在の閲覧者数:
ブログパーツ