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伝説の女

 向井拓海は夜道をゆっくりと歩いていた。芸能プロダクションからアイドルとして
の素質を見出され、多忙な毎日を送っている。
 170センチと長身に上から95、60、87と言うスリーサイズ。それでいて性
格は絵に書いた様な姉御肌と言うのが受けて今は売りだし真っ最中だった。今日も規
模は小さいがライブハウスを満員にしてのライブをこなしてきたばかり。
 熱気に満ちたライブハウスを出てから拓海は涼しい夜風を心地良く感じながらのん
びりと歩いている。そんな拓海の耳につんざくような爆音が響き渡る。
「またかよ……プロデューサーの言う通り、タクシーで帰りゃよかったな……」
 徐々に近づいてくる爆音に足を止めた拓海は独りごちた。拓海にとってその爆音は
耳慣れたものではあったが今は出来れば関わりたくないものであった。
 やがて爆音の発生源は遂に拓海の目前に現れる。原型を留めないほど改造された十
数台のバイクと数台の高級車が拓海を取り囲んだ。
 何れのバイクにも特攻服を羽織り、口元はマスクを隠し、髪の毛はオールバックか
リーゼントと言う男達がまたがっている。更に男達は拓海をアクセルを捻り、威嚇す
るかのように空ぶかしを繰り返していた。
 その中を高級車の後部座席から一人の男が降りてくる。そして、その男が拓海の眼
前に立ちはだかると手をかざした。それと同時に爆音が鳴り止む。
 その所作にこの男が一団のリーダーであると確信した。
「あんたのこと、どっかでブチのめしたか?」
 男が口を開く前に拓海が機先を制して挑発的に問いかける。その言葉に男は顔を紅
潮させながら顔を拓海に近づけ思い切り睨みつけた。
「俺の弟が世話になったみたいだな」
 ドスの利いた声で凄みをきかせながら男は拓海の問いに応えた。しかし、拓海は何
も言わずに男の顔を左手で鷲掴みにする。その指は上顎と下顎の付け根辺りにある特
に痛みを感じる部分にしっかりと食い込んでいた。
 突然の出来事に何の対応も出来なかった男は痛みに耐えかねじたばたと拓海の手を
引き剥がそうとする。だが、拓海は左腕を右に左に揺さぶりながらそれを阻みつつ、
自分を囲む集団の一人ひとりを見聞していった。やがて、男が降りてきた車のドアか
ら眼帯をし、右腕をギプスで固め三角巾で吊った目の前の男によく似た者を見つける。
「何処かで見た顔だと思えば、気安くアタシに声をかけてきた馬鹿か」
 そう言うと拓海は男を突き放した。無様に尻餅をつく男。その様子に一同が殺気立
つが男は素早く立ち上がると今にも飛び出さんばかりの一団を制した。
「弟の敵は自分一人で取らないと沽券に関わるってか?」
 口元に笑みを浮かべ再び挑発する拓海。男は怒りで目を血走らせると拓海に殴りか
かっていった。

 男の大振りのパンチを腰まで在る長い髪をなびかせながら拓海はその下を掻い潜っ
た。更にすれ違いざまに右の拳を男の鳩尾に叩きこむ。その一撃で男は一瞬、つま先
立ちになり、そのまま崩れ落ちた。四つん這いになり男がえづくとびしゃびしゃ湿り
気のある落下音が断続的に発生する。
 男は口元を特攻服の袖で拭うと拓海に向き直ろうとした。そこへ拓海が靴底で男の
顔面を蹴りつける。鼻梁の潰れる音、続いて男の後頭部がアスファルトに叩きつけら
れる音が夜の闇に響き渡る。
 後頭部をしたたかにアスファルトに打ち付けられた男の意識が一瞬飛ぶ。拓海は仰
向けに倒れた男に無造作に歩み寄ると胸ぐらを左手で掴み上半身だけ引き起こした。
そして、右の拳を振りかぶり男の顔面へと振り下ろした。それは先ほど潰した鼻に吸
い込まれるように直進していった。
 激しい痛みに男の体がビクンと痙攣する。拓海は更に何度も右の拳を振り上げては
男の顔面へと振り下ろし変形させていった。その度に男は中世ヨーロッパの電気実験
で用いられた蛙の脚のように痙攣を繰り返す。男が率いてきた一団は拓海から発せら
れる圧迫感に凍りつき、ただその様子を眺めるだけだった。
 やがて、その反応が鈍くなり遂に動かなくなった。拓海が男を何発殴ったか、一団
には数える程の平静を保っていたものは誰もいない。
 拓海は鋭い眼光と共に男達を睨みつけながら男の胸ぐらを掴んでいた左手を離す。
 ドサリと音がして再び男は仰向けに倒れる。その顔は目が見えないほどに瞼が腫れ
上がり、元の大きさの倍ほどに感じるほど頬がふくれあがっていた。しかも、痣だら
けの上に血塗れ、だらしなく開いた口からは数えられるまでに少なくなった歯が覗い
ている。
 ひゅうひゅうと隙間風が吹くような呼吸音があることから男はまだ、息が有ること
は窺えたがこれから先、入れ歯が必要になることは想像に難くなかった。

「さてと……てめえらの総長(ヘッド)の敵討ちをしようって、男気のある奴はいる
か?」
 自分達が唯一、付き従うと決めた男を僅か数分の間に無残な姿に変えた女の一言に
一同は飛び上がらんばかりに震え上がった。その内の一人が奇声を上げ、持参した木
刀を手に取るとバイクを飛び降り拓海へと突撃していった。
 それをきっかけに残る男達も手に武器を取りバイクから降りて拓海へと襲いかかる。
恐慌状態に陥った彼らは野生動物の集団暴走を思わせる行動に出たである。彼らが逃
走ではなく攻撃になったのは、防衛本能が直面した恐怖に対して混乱の極みに達した
ためである。
 拓海は乱舞する鉄パイプ、木刀、金属バット等、様々な獲物を掻い潜り男達の間を
縦横無尽に駆け巡る。その間に拳を振りかざし、足を蹴りあげ男達を次々と沈めてい
く。
 そして、この一団の総長が醜態を晒してから数分後、その場は死屍累々と言う様相
を呈していた。瞼や頬を腫らしているもの、鼻血を流し白目を向いているもの、自分
の吐瀉物に顔を突っ込み芋虫のような姿を晒すもの、様々な形で男達は這いつくばり、
呻き声をあげている。
 ただ一人、総長が弟だけが高級車の車内でガチガチ歯の根も合わぬほど震え上がっ
ていた。
 数日後、男達は解散を宣言すると自分達が喧嘩を売った女が何者かを語るものが現
れた。
 向井拓海……とあるレディースの特攻隊長で彼女に潰されたチームは数知れず。誰
もが口を噤んでいたのは女一人に集団で手も足も出ず打ちのめされた事実を現役の他
チームに知られたくなかったからだ。
 その名を語ったのは既に解散を宣言した他のチーム員。その男は拓海にもたらされ
た恐怖の一夜を共有する者として涙を流しながら語っていた。
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