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課外訓練

とある軍事施設。警務隊等の一部を除く者達が娯楽に興じる時間。その中で一
人の青年下士官はトレーニングルームへと足を向けた。その青年の階級は軍曹。
青年は特殊作戦群への入隊を希望しており通常の訓練以外の時間も自主的に訓
練を重ねている。
廊下ですれ違う上官や同僚と挨拶を交わしトレーニングルームに青年が辿り着
いた時、そこには珍しい先客がいた。トレーニングウェアに身を包んだグラマ
ラスな長身美女が格闘戦の訓練に使用する厚手のフィンガーレスのグローブで
サンドバッグを叩いている。
その美女の名はフォルテ・シュトーレン。この基地に所属する大隊の指揮官で
あり戦闘機による空間戦闘と射撃戦等、様々な戦闘術のエキスパートとして知
られていた。また、優秀な指揮官であると同時に士官という立場にありながら、
兵へと気さくに声をかけ、姐御と慕われる存在でもある。

「軍曹か?御覧の通りこの部屋は貸し切りだ。好きに使って良いぞ。サンドバッ
グ以外はね」
フォルテは一瞬、青年へと視線を向けただけでサンドバックを叩き続ける。蹴
りは使わず拳による打撃を繰り返し、その合間に相手の攻撃を想定した様々な
ディフェンスとフットワークを織り交ぜる。青年はその見事な様に思わず声を
かけた。
「中佐、お見事です。戦闘術のエキスパートとは聞いてましたがまさか格闘術
までお出来になるとは」
フォルテは青年の言葉に耳を傾けながら体重の乗った拳を次々とサンドバッグ
ヘ打ち付ける。
「別に秘密にしていたつもりはないさ。それに生き残る術が一つでも多いに越
した事はない。そうだろう、軍曹?」
そう言うとフォルテは左ジャブを起点としたワンツーから左ボディアッパー、
右アッパーと連携を繋げ左右のフックでサンドバッグ打ちを締め、青年の目を
見つめる。
「確かに。有人惑星の戦闘で敵勢力下に何らかの事情で取り残された場合を想
定したならば有効と言えます。救援を待つにしても脱出を待つにしても」
青年はフォルテの視線をまっすぐに受け止めながら答えた。

「模範的な回答だな、軍曹。だが、お前さんはこう答えたかったはずだ。ある
種の作戦に従事する場合、無音戦闘術の一つとして有効であると」
その言葉と共にフォルテの瞳に鋭い光が宿る。
「流石、中佐。自分が特殊作戦群に志願しようとしている事をお見通しという
わけですね」
青年はまだ誰にも話していないその事実を見破ったフォルテに対してあっさり
と自白した。
「大したことではないよ、軍曹。お前さんの行動は非常に判りやすい。特殊作
戦群を志望する者の典型的な行動を繰り返していた。今後は機密保持にも気を
配る事だな」
それまで鋭かったフォルテの視線が一転し笑みを浮かべる。青年はフォルテの
その言葉に僅かながら皮肉を感じ取ったがフォルテの笑みにつられて自分も笑
みを浮かべた。
「そういたします。フォルテ中佐」
青年はそう言いながらフォルテの皮肉に対して敬礼をした。それにより二人は
声を上げて笑い始めた。

ひとしきり笑いあった二人は真面目な表情に戻った。
「邪魔をして申し訳ありませんでした、中佐」
青年はフォルテに対して謝罪をするとその場を離れトレーニング機器を選び始
めようとする。そんな青年に対してフォルテは驚くべき言葉をかけた。
「待て、軍曹。あたしはもう少しこれで遊んでいる。その間に身体を温めてこ
い。少しばかり格闘訓練の相手をしてやろう」
その言葉に青年は我を失い、しばらく呆然としたまま立ち尽くす。
「どうした?二度も同じ事を言わせるようなら特殊作戦群は諦めた方が良いぞ」
フォルテはそう告げると青年を見つめる。その目は厳しい言葉とは裏腹に部下
を優しく見守る上官の目をしていた。

トレーニングルームと併設された格技場で二人は向かい構えを取っている。
「先ずは基本のおさらいと行こう。実戦の場ではこの部屋の様に足場が安定し
た場所ばかりとは限らない。さて、その場合はどう足裁きするべきだ?軍曹」
フォルテは先程、見せたボクサーの様なファイティングポーズではなく自然体
に近い状態で立ち、肘を軽く曲げ、拳を柔らかく握った構えで青年に問いかけ
た。その表情は実戦に臨むかの様に真剣な眼差しをしている。
「無論、すり足になります」
フォルテと同じ様に構えを取った青年は問いかけに対してそう答えた。
「その通りだ、軍曹。勿論、バランスを大きく崩すような技も厳禁だ」
そう言いながらフォルテはじりじりと間合いを詰める。対する青年もそれに合
わせて間合いを詰め始めた。

二人の距離は徐々に狭まり、それに比例し緊張感が高まる。先に仕掛けたのは
長身のフォルテよりも間合いが勝る青年だった。鋭くコンパクトな攻撃を繰り
返し自分の間合いで闘いを有利に導こうとする青年。
「中々、良い判断だな。自分の長所を生かし主導権を握ろうとする…だが、あ
たしはそんなに甘くない」
青年の突き出す拳を逸らしながら一気に間合いを詰めるとフォルテは青年の腹
部を右拳で突き上げた。先ずは腹部へ対する圧迫感が青年を襲い、次いで内部
が爆ぜるような感触が広がる。青年は今まで感じた事のない衝撃に動きを封じ
られた。その瞬間、フォルテの左右の拳が青年の顎を突き上げる。
それは、先程のボディブローと同じ様に外部からの衝撃と内側から弾ける感触
を伴うものだった。青年はその攻撃の前にあっさりと身体の自由を奪われ膝を
ついた。
「少しばかり早いがこれで小休止だ。どうせ、お前さんはしばらくは立てない
だろうしな」
フォルテは一方的にそう告げると青年に対し背を向けた。そして、言葉通り青
年の足腰には全く力が入らなかった。

「中佐…今の技は一体?」
青年は辛うじて口を開くとフォルテに対して問いかける。
「昔の部下に教わったのさ。彼女の様には行かなかった様だが…当然か。年季
が違いすぎる」
フォルテはそう言うと今の動きを反芻する。その姿に青年は感心した。大隊長
ともなれば自ら戦闘する様な事は殆ど無い。しかも、激務に追われ自分の時間
を持てずに居る者も多い。しかし、フォルテは自分の職務を全うし厳しく己を
鍛える事を忘れていない。青年はフォルテのそんな姿に己を叱咤し立ち上がっ
た。
「出来るか?軍曹」
フォルテの言葉に青年は無言で頷き構えを取る。フォルテもそれに呼応し構え
た。再び、ゆっくりと間合いを詰める二人。先に動いたのはフォルテだった。
鋭く拳を突き出し青年を追い詰めるフォルテ。だが、青年はそんなフォルテの
攻撃をかわしながら拳を振るう。
それは攻撃後の隙を突く見事な一撃だったが、フォルテはその攻撃を予期して
いた。拳を低い姿勢でかわし青年に身体ごとぶつかるフォルテ。青年はバラン
スを崩しそのまま後ろへと倒れ込む。

青年は受け身を取り床へと叩付けられるダメージを最小限に食い止めたが、そ
れは無意味な行為だった。青年に対しフォルテは馬乗りになり完全に抑え込む。
「攻防一致の反撃か…悪くはないな。しかし、まだまだだ。闘いと言うのは相
手の腹を探り騙し合う事でもある。あの隙はわざと見せたものだ」
そう言うとフォルテは青年の顔を目掛け拳を振り下ろした。その拳は青年の鼻
先、紙一重で止められる。
「さて、軍曹。今のあたしは圧倒的に有利な状況にある。お前さんを締め落と
すことも出来るし、気を失うまで好きに殴ることも出来る。だが、そうそう簡
単にはこうはならない。そこでだ…相手を負傷させ有利な状況を作り上げると
言う事も考えなければならない」
フォルテは青年に対して講義を続けながら先程、振り下ろした拳を納め、逆の
拳を振り下ろした。それは青年の眼前で止められる。
「先ずは鼻だ。ここを潰されれば呼吸が乱れ戦闘を継続する事は難しい。そし
て、目。目尻、目蓋からの出血は相手に死角を作ると同時に正確な距離感を奪
い戦闘を有利に進める事が可能だ。流血させる事が出来なければ目蓋を腫れさ
せるだけでも良い。お前さんに度胸があれば指を突き込むと言う手もある」
そう言うとフォルテは青年の拘束を解き立ち上がった。
「他にも色々あるが追々、自分で学んでいく事だな」

「さて、軍曹。訓練はここまでだ。最後にあたしの遊びに付き合ってくれ」
フォルテはそう告げるとサンドバッグを打っていた時の様にボクサースタイル
の構えを取る。
青年はそれ応え立ち上がると格闘術の教練通りの構えを取った。じりじりと間
合いを詰める青年とフットワークを駆使し間合いを計るフォルテ。次第に高ま
る緊張感。フォルテの顔にそれを楽しむかの様な笑みが浮かび始める。
「ボクシングってのは銃と良く似ている。銃は敵を射抜く為にその形を進化さ
せ洗練させていった。そして、ボクシングも同じだ。拳のみで相手を打ちのめ
す為にこの形に行き着いた」
フォルテはそう語りながら間合いを詰め鋭いジャブを数発繰り出す。そのジャ
ブは青年の反応を超えた速度でその顔に吸い込まれる。
「そして拳を振り、相手を捉えた時は銃の引き金を絞り標的を撃ち抜いたもの
と良く似た感覚をしている」
その言葉を告げる間にフォルテは体重の乗った重い右ストレートから左フック
のコンビネーションを放ち青年の脳を揺さぶる。青年は身体が傾ぐのを感じ足
を広げ何とか踏みとどまった。そこへフォルテの右フックが襲いかかる。
一際、激しい打撃音と共にフォルテの拳へ何かを貫いた様な感触が伝わる。
「だが、相手をKOした感触は違う。コイツはどんな標的のど真ん中を貫いて
も得られない感触だ」
会心の笑みを浮かべるフォルテ。青年はその表情とフォルテの言葉を脳裏に焼
き付けたまま意識を失った。それは不思議と痛みも苦しみも伴わないものだっ
た。

青年は医務室の白い天井を見上げながら目を覚ました。
「目を覚ましたか、軍曹。すまないな…少しばかりやりすぎた様だ」
青年を見下ろしながら謝罪するフォルテ。その表情には母性を感じさせる優し
さが満ちていた。
だが、青年はその表情を直視できなかった。脳裏に自分をKOした時のフォル
テの表情が蘇ると同時に身体が火照り興奮を始める。
「中佐…こちらこそ申し訳ありませんでした。経験の差を考えた場合、この様
な結果が発生する事を考えておくべきでした」
興奮を何とか隠しフォルテにそう答える青年。
「そうか…そう言ってもらえると、あたしも気が楽になるよ。それじゃ、お大
事に」
青年の答えにフォルテは安心の表情を浮かべ踵を返す。
「中佐。またお願いできますか?」
青年は医務室から出て行こうとするフォルテの背中に問いかけた。
「何時でも相手にしてやるぞ、軍曹。お前さんが特殊作戦群でも通じるように
あたしがしっかり鍛えてやるよ」
青年の問いに対しフォルテは笑いながら答えた。その言葉に青年は目蓋の裏で
フォルテの拳が自分の顔へ振るわれる様が何度も浮かんでは消える。その度に
青年は興奮の度合いを高めていった。
後に青年は自分と同じ境遇の者が兵、下士官、士官を問わず存在することを知
った。彼らは皆、責任感が強い者、向上心のある者が多い。そして、そんな男
達は安息の場として自分を強くリードしてくれる女性を欲する事があると聞い
た。その中には倒錯した願望も少なくないと言う。
そして、フォルテの訓練がそう言った心理を利用しているのか否かは誰も知ら
ない。
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