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教育的指導

とある格闘技のジム。そこで一人の青年が女性に注意を受けていた。
「健太郎くんさ、そろそろタックルの切り方とかグラウンドの攻防、蹴りの対
策を覚えた方が良いと思うんだけど」
一見、格闘技とは無縁そうなモデルのような顔立ちの美女がそう言う。
彼女はかつてキックボクシング、総合格闘技共にフェザー級のベルトホルダー
であったが、今ではこのジムでインストラクター兼トレーナーとして過ごして
いる。
「しつこいっすね、亜理沙さんも…」
健太郎と呼ばれた青年は不快感を露にしそう答える。
デビュー以来、破竹の勢いで世界を制したミドル級ボクサーだったが
「パンチしか打って来ない相手はつまらない」
との不遜な発言を残しボクシングから総合格闘技へと転向した経歴の持ち主で
ある。
そして総合格闘技デビュー以来5戦。その全てをパンチだけで征してきた健太
郎はこのままパンチだけでこの世界を取ると息巻いていた。
俗に言う天狗と言われる状態。無論、このジムに所属する健太郎の先輩格の選
手たちは彼に対して苦言を呈してきたがその効果は無かった。
総合格闘技では健太郎以外の選手は先達であるとは言えプロ格闘家としての経
歴は健太郎の方が長い。そんな背景もあり健太郎の説得はトレーナーやインス
トラクターの役目となった。

しかし、それらの者達も殆どが健太郎の説得を諦めつつある。結局は実際に負
けを経験しなければ自分の過ちを認めないだろうと。
「今度も組ませずに勝ちますから」
健太郎がいつもの決まり文句を言うと亜理沙の手が閃いた。
その手が健太郎の眼前で握り拳と言う形で止められる。突然の亜理沙の行為に
何の反応もできずに立ち尽くす健太郎。
「今のが見えてないんじゃ…組まれずに試合を終えるどころか打撃で秒殺され
て終わりね、次の試合は」
淡々とした口調で亜理沙はそう告げると拳をおさめる。
「リングの上ならこんなのかわしてみせますよ」
亜理沙の一言に健太郎は憤然とした表情で答える。
「OK、だったら証明して貰おうかな。これから」
悪戯っぽい笑みを浮かべながら亜理沙が健太郎に告げる。その言葉にしばらく
黙り込む健太郎。
やがて、健太郎は無言でグローブとニーパッド、レガースを用意し始める。
その様子を見た亜理沙は早速アップを始めた。
二人の間に張り詰めた空気が流れ始める。それはただのスパーでは済まない緊
迫感が満ちていた。

「それじゃ、始めようか。健太郎くん」
リングに上がった亜理沙は余裕のある口調でそう言うと構えを取る。それは一
見、キックボクシングのそれと似ているが手は軽く握られ組み技への対応も考
慮されていた。
対する健太郎は亜理沙の口調を気にする事もなく前歴のボクサースタイルで構
える。
二人は構えを取ると間合いを計りリングの上を動き始めた。時折、リードジャ
ブを繰り出す二人。先に相手を捉えたのは亜理沙の拳だった。
亜理沙は更に右の拳を振るうそぶりを見せた。
健太郎はその一撃を止めようと左のカウンターパンチを繰り出す。しかし、健
太郎の拳は空しく空を切り亜理沙の拳が予想以上に伸びてくる。
亜理沙は健太郎の反撃を予期し、ヘッドスリップをしながらのストレートを放っ
ていた。
それは見事に健太郎の顎を捉え脳を揺さぶる。亜理沙は手を休めず左右の拳を
振るった。
健太郎の頬と顎を亜理沙の左フック、右アッパーが次々と着弾する。だが、健
太郎はそれに耐え右フックを放った。
対する亜理沙はそれをガードする。そこへ健太郎は更に左のストレートを放っ
た。
しかし、亜理沙はそれを左へウィービングしてかわしながら健太郎の顎へ左フッ
クを打ち込む。
一際、激しく脳を揺さぶれた健太郎はその一撃で膝をついた。

鬼気迫る表情でゆっくりと立ち上がる健太郎。対する亜理沙も現役の頃を思わ
せる、いや、それ以上の鋭さで健太郎を待ちかまえている。
再び構えを取った健太郎は亜理沙に対し次々とパンチを繰り出した。
対する亜理沙はそのパンチを冷静にかわし、捌きながら左ジャブを繰り出す。
それはダメージ源としては乏しいものの健太郎の苛立ちをいっそう激しいもの
へと変化させていった。
やがて苛立ちは怒りに変化し爆発した。健太郎は一端間合いを取り、ステップ
インストレートで一気にけりを付けようとした。
そこへ亜理沙の右の前蹴りが健太郎の腹部を捉える。それは爪先ではなく足裏
で相手を押し返し間合いを調整する蹴りだった。
その蹴りでバランスを崩し後退する健太郎。その右脇腹へ亜理沙の左ミドルキッ
クが打ち込まれる。
レバーを激しく抉られ内臓が口からはみ出るような痛みに苛まれマウスピース
を吐きながら健太郎は芋虫の様に蹲った。
苦しげにそして憎々しげに亜理沙を見上げる健太郎。しかし、亜理沙はその視
線に怯むことなく受け止めた。。
その様子に健太郎は更に怒りを募らせる。

「健太郎くん、総合はパンチだけで押せないってのが理解できた?」
少しばかり厳しい口調で亜理沙がそう言う。だが、健太郎はその言葉に弾かれ
た様に立ち上がると亜理沙に組み付いた。
それはぎこちなく、ただ力ずくで何の技術もないものだった。対する亜理沙は
健太郎の首を抱えると易々と健太郎をコントロールしながら膝をその鳩尾へと
打ち込んだ。
「組技って力任せなだけじゃ駄目なの」
亜理沙の言うとおりその首相撲は力の緩急を付け見事に健太郎の体勢をコント
ロールし膝を入れやすい姿勢に簡単に持ち込む。
「ついでだからグランドも少し体験して貰おうかな」
その言葉が終わると同時に亜理沙は右腕だけ首相撲を解き、ショートアッパー
を繰り出した。それは健太郎の顎を打ち抜く。
上体を仰け反らせ後ろに蹌踉めく健太郎。そんな健太郎に亜理沙は片足タック
ルで足を掬いテイクダウンを奪う。
瞬く間にマウントポジションを取った亜理沙は次々と健太郎の顔面に拳を振り
下ろした。
亜理沙の拳とリングに頭部が激突した衝撃で脳が絶え間なく頭蓋に叩き付けら
れる健太郎。健太郎はその猛攻に耐え必死に腕を動かし頭をかばった。

「それ、あまり良い選択じゃないわね」
亜理沙はそう言うと健太郎の右腕を取り腕ひしぎ逆十字へと持ち込んだ。
打撃の痛みとは違う関節技の痛み。それは健太郎にとって未知のものだった。
健太郎はそれに耐えきれず激しくリングを叩きタップした。
指導者とは言え現役から離れて久しい女性にすら自分のパンチテクニックが及
ばないと思い知らされ、格闘家としての器の違いを見せ付けられた健太郎は右
腕を押さえリングに横たわったまま涙を流していた。
「泣いてる暇があったら練習、練習。じゃないと次の試合に間に合わないわよ」
亜理沙は横たわる健太郎をまくし立てた。
「それから次の試合の前に一度、健太郎くんの仕上がり具合を見せてもらうか
ら。次はタップなんて甘いことさせないから覚悟しなさい」
ゆっくりと起き上がりながら健太郎は亜理沙の言葉に戦慄した。
次の試合まで1ヶ月弱、その間に健太郎が亜理沙の立つ領域に到達する事は不
可能な事は明白だった。だが、最低でも亜理沙から逃げ回れるだけの防御技術
を身に付けなければならない。
健太郎はそこまで考えると不意に浮かんできた想像に嘔吐感をもよおし、闘い
で受けた痛みに耐えながら洗面所へと駆け込んだ。
健太郎の脳裏に浮かんできたもの。それは身体中の関節をあらぬ方向へ捻じ曲
げられ原形も留めぬほど顔を殴られ血溜りに横たわる自分とその傍らで返り血
を滴らせ健太郎を見下ろす亜理沙の姿だった。
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