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春麗VS 修行の成果

「待たせてしまったようだな、春麗」
海岸沿いの平坦な岩場に佇む青地に金色の刺繍が施されたチャイナドレスの美女に
道着姿の男が声をかけた。
「気にすることはないわ、。それよりもちゃんと修行を積んできたのかしら?」
の詫びの言葉に春麗は気にかけた風もなく応えるとを品定めするように眺める。
道着の合わせ目から覗く胸筋、破れた袖から覗く腕は以前よりも逞しくなっている
ように見えた。
は春麗の言葉に無言で頷くと構えを取る。
その脳裏にはかつての惨敗した記憶が蘇っていた。
波動拳を封じられ竜巻旋風脚を破られ、春麗の剛脚から繰り出される蹴りで血塗れ
になり、顎を蹴り砕かれた完膚無きまでの敗戦。
はその敗戦を乗り越えるために厳しい修行を重ね春麗へと再戦を申し込んだ。
「そう……私も修行してきたのよ」
そんなに対し春麗はそう言うと後ろ手にしていた手を解いた。
その手には春麗の身を包むチャイナドレスと同じ色の鮮やかな青いボクシング・グ
ローブが着けられている。
春麗はこれから始まる闘いに対する高揚感をグローブを一度、打合わせる事で示す
とファイティングポーズを取った。
無論、それはボクシングで最もオーソドックスなオープン・スタンス。
そのファイティングポーズは付け焼刃などではなく一分の隙もない、美しさすら感
じる完璧な構えだった。

春麗のファイティングポーズを見た瞬間、の眼光は鋭さを増す。
脚技にこだわりを持っていた春麗が短期間の修行でこれだけの構えを取る。
それは並々ならぬ才能と経験に裏打ちされた物だと直感したからだ。
そして、鋭く重い蹴りを繰り出す脚力とそれを支える卓越したバランス感覚は拳に
よる打撃力を向上させる。
は春麗がその体格以上の剛拳を繰り出してくる可能性もあると警戒し、慎重に間
合いを計った。
対する春麗は軽いフットワークで間合いを計り始める。
両者の間に緊張感が高まり始め、その緊張感が最高潮に達した瞬間、春麗は動いた。
春麗は一瞬で間合いを詰めるとを自分の制空権にとらえ、鋭い左のジャブを繰り
出す。
そのその速さには全く反応が出来ず乾いた音が響き渡った。
春麗の鋭いジャブはの脳を軽く揺さ振り、神経伝達を僅かに断つ。
は次の打撃に備え本能的に防御を試みるが脳からの命令と実際の身体の動きにタ
イムラグが生じた。
更に春麗はそのタイムラグを突き、連続で左ジャブを振るう。
は何とか反撃や防御を試みたが全く身体がついていかなかった。
だが、は耐え続る。
ジャブとは言え何時までも攻撃の手を休めないわけにはいかない。
はやがて来る機会を辛抱強く待った。

中々、勢いが衰えることのない春麗のジャブに耐える内には顔の数カ所に火照り
があるのを感じ始める。
どうやら、顔が腫れてきたらしい。
はそこで考えを改めた。
このまま接近戦で対応するよりも一度、間合いを取り仕切り直す。
そう考えたは無理矢理、身体を動かし全力で一気にバックステップで後方へ逃れ
る。
だが、春麗はの視界から消えていた。
は春麗を探し視線を左右へ走らせようとする。
その瞬間、の右頬を春麗の左ジャブが鋭く貫いた。
春麗はの後退を追いかけるのではなく、の後退に合わせサイドへと回り込んで
いた。
春麗のフットワークの速さに混乱する。
だが、今までは常に片足立ちを強いられる蹴りを繰り出すために脚裁きや位置取り
に腐心してきた春麗にとって両の拳を振るえる状態を保つだけのボクシングのフッ
トワークは造作もないことだった。
春麗のジャブの洗礼が再開される。
ただし、今度は真正面ばかりからではなく側面からの攻撃も加わっていた。

フットワークを駆使した春麗のジャブに翻弄され続けたは遂にふらつき始める。
塵も積もれば山となる。
小刻みに、しかし絶え間なく揺さぶられ続けたの脳は強烈な一撃を貰った時の様
に麻痺していた。
そこへ春麗の右フックが襲いかかる。
は何とかその拳をブロックした。
だが、今までのダメージでまともに力が入らずガードした腕ごと押し切られる。
直撃は免れた物のその衝撃にの頭の中が真っ白になった。
それでも何とか持ち直そうとする。
そこへ春麗はコンビネーションを叩き込む。
左ボディフックで肝臓を抉り、続いて右左とボディアッパーを打ち込む。
鳩尾、胃と神経の集中する急所を打ち抜かれたは嘔吐感を覚え膝から崩れた。
だが、は何とかその膝を食い止める。
そこへ春麗の右ストレートがの心臓を強打する。
の心臓が麻痺し脈が乱れ、そのショックで持ち直そうとした膝が完全に崩れた。
膝をつき前のめりに倒れたは芋虫の様な姿を晒す。
春麗はその姿を眺めながら口許に笑みを浮かべ一度、距離を取った。

の本能が麻痺した神経の復旧を終えるとゆっくりと身を起こす。
次いでは呼吸を整えながら立ち上がった。
の瞳に春麗の姿が映る。
春麗は軽く跳躍しながら肩や首を解すように回していた。
「カウントナインってところかしらね、今のは。ボクシングの試合じゃないんだか
ら焦らずにもっとゆっくりしていても良かったんだけど」
立ち上がり構えを取ったに春麗は再びファイティングポーズをとり嘲りの言葉を
かけた。
はその言葉に歯噛みする。
春麗の言うとおり、この闘いは試合ではない。
最後まで立っていた者が勝つと言うシンプルで唯一のルールに基づいた闘い。
春麗が修行の成果と言うボクシングで闘うからと言って十秒以内に立ち上がらなけ
ればならない理由はない。
はそこへ甘えるつもりはなく己を厳しく律したつもりでいる。
だが、春麗はそんなの態度を嘲った。
春麗はそれ程に修行の成果に自信を持っている上に、その事実を立証する様にの
手出しを許さずダウンを奪っている。
は以前の様にまた負けるのではないかと言う苦い思いが心に込み上げて来た。

「どうやら、俺の修行など足元にも及ばないような厳しい修行をしてきた様だな」
自信満々でファイティングポーズを取る春麗に対しは問いかける。
「そうでもないわよ、これを覚えたのはバイソンとちょっと手合わせしただけ」
の問いかけに事も無げに応える春麗。
春麗の言葉には信じられないと言った表情を浮かべる。
「その後は、他の四天王もこれで倒したわ。今頃みんな、仲良く病院のベッドに並
んでるはずよ」
春麗はかわらぬ口調で更に言葉を続ける。
「待て、春麗……お前は本当にバイソンと闘っただけでボクシングを身に付けたと
いうのか?まさか、修行と言うのはシャドルー四天王との闘いだけなのか?」
は絞り出すような声で春麗に問いかける。
「質問は一つずつにして欲しいわね。良いわ、応えてあげる。その質問、両方とも
イエスよ」
春麗はの問いかけに応えると不敵な笑みを浮かべた。
その言葉には掌が白くなるほど拳を握りしめ振るわせる。
「そんなもの、修行とは言わない!」
は春麗の言葉に怒りを露わにすると怒声を上げながら殴りかかった。

厳しい修行に耐え、様々な格闘技を習得し波動拳等の必殺技を身に付けたは春麗
の僅かに手を合わせただけで一つの格闘技を習得する才能に嫉妬を覚えた。
だが、それ以上に覚えた技を数十回、時には数百回と繰り返し反復する事で完全に
自分のものにすると言う行為が伴っていない事、僅かばかりの実戦を修行と称し格
闘技を冒涜しているとしか思えない態度に対し怒りを感じていた。
は怒りに身を任せ、拳を振るい蹴りを放つ。
それらの攻撃は冷静さは欠くものの激しく鋭いものだった。
「結構、楽しませてくれるじゃない」
春麗はの攻撃をウィービングやバックステップ等を駆使してわざとギリギリでか
わす。
その表情には余裕の笑みが浮かんでいた。
「でも、かわすだけじゃつまらないから反撃をさせて貰うわよ」
一度、ダウンしたとは思えないの激しい攻撃をかわし続けていた春麗は余裕の表
情を崩さぬまま、反撃を開始した。
の攻撃の合間に春麗はカウンターパンチを繰り出す。
ストレート、フック、アッパーを状況によって顔やボディへ的確に打ち込んでいく
春麗。
は春麗のパンチを食らう度に脳を激しく揺さぶられ、内臓を抉られ動きを止めた。
だが、春麗はその度にの苦痛に歪む表情を楽しんでから間合いを取るとが攻撃
を再開するのを待つ。
は春麗との隔絶した実力差をその身で思い知らされ、弄ばれていると自覚しつつ
も攻撃の手を緩めようとはしなかった。
ただ一撃だけでも攻撃を食らわせて格闘家としての意地を通す。
そんな思いがを突き動かしていた。

春麗の拳はの体力を削ぎ取り辛うじて立ち、構えを取るだけの状態に追い込んだ。
外傷は目蓋や頬の腫れ痣や裂傷は在るものの以前の敗北に比べれば軽傷に止まって
いる。
しかし、内臓へのダメージは比べものにならなかった。
素手では外傷は大きいものの固い頭蓋骨や強靱な肉体に阻まれ臓器へのダメージは
それ程大きくない。
だが、ボクシング・グローブは変形する事でその衝撃を外的な要素で止める事が出
来ずに内臓まで伝達する。
春麗はバイソンとの闘いの後、直ぐにグローブを買い求めバルログとの闘いからは
それを身に付け相手を打ちのめしその事実に気付いた。
春麗の脳裏に四天王戦の記憶が蘇る。
男の苦痛に歪む表情を堪能し、その後は陸に上がったグロテスクな深海魚の様な顔
へと作り替える。
特にバルログとの闘いで仮面を叩き割り、その下に潜んでいた端正な顔立ちが醜く
歪んでいく様を思い出し興奮していた。
は美男とは言えないが精悍な顔立ちで人を引きつける魅力がある事と春麗は感じ
ている。
そんなの顔が苦痛に歪む様はバルログの端正な顔が歪むのとは違った趣があり、
春麗の高揚感を最高潮へと導いていた。

「さてと……身体も温まった事だし、本気を出させて貰うわよ」
春麗は立ち尽くすに宣言すると一気に間合いを詰めた。
は反射的に両腕を上げ顔を覆う。
「ほらほら、ボディががら空きじゃないの」
春麗は冷笑を浮かべながら次々との腹部にボディブローを繰り出す。
肝臓、胃、鳩尾、腎臓を数えきれぬ程、抉られながらは頑なに顔を覆った腕を降
ろそうとはしなかった
「邪魔ね、この腕は……壊してあげるわ」
そう言い春麗がの肘にパンチを打ち込むとその腕がだらしなく垂れ下がった。
「これで私のパンチが良く味わえるわね。蹴りとは違った味をしっかり堪能して頂
戴」
春麗は嗜虐的な笑みを浮かべると攻撃の対象にの頭部も加えた。
様々な春麗のパンチがの上半身の至る所に着弾する。
その度にの身体は崩れそうになるが春麗はパンチを打ち込む部位を調整する事で
それを阻んだ。
身体が程よく温まった春麗の拳は途切れる事を知らず、は機関銃の射撃を受けた
かの様に無様なダンスを踊り続ける。

やがて、の目蓋や頬は更に腫れ上がり裂傷の数も増し水揚げされた深海魚の様な
顔になっていった。
道着に隠された鍛えられた肉体も無数の痣が浮かんでいる事は想像に難くない。
「この前の闘いで残った歯も無くなったみたいね」
春麗のパンチがの頭部を捉える度に血反吐と入り交じり飛び出していた白い欠片
が消えると春麗は男を徹底的に打ちのめす快感に頬を上気させ、瞳を潤ませながら
そう言うと拳を一端、納めた。
の身体が膝から崩れ落ちる。
そこへ春麗は渾身の右アッパーを繰り出した。
の顎が砕ける音が響き渡り、垂直に発射されるミサイルの様に身体が宙を舞う。
そして、は背中から岩場に叩き付けられてから大の字になり転がった。
時折、痙攣を繰り返すを春麗は見下ろしながら拳に残る様々な手応えを元にに
与えたダメージを推し量る。
春麗ほどの使い手ともなればそれは容易な事だった。
「貴男の修行の成果、見せて貰ったわ。ずいぶんと打たれ強くなったのね……次は
拳と蹴りの両方で歓迎してあげるわ」
拳に残る感触から以前よりもに与えたダメージが多かった事を確信した春麗。
春麗は嗜虐心を満たし満足した表情を浮かべて、艶っぽい口調でそう告げると立ち
去った。
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