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武神

真っ白な雪の平原を二十代後半と思しき長身痩躯の剣士が一人、歩みを進めている。
男の名はガルディ、かつてドゥーハンを襲った魔族との戦争でめざましい戦果を上
げ六英雄の一人に数えられた剣士だった。
その名は今、剣鬼として畏れられている。
魔族との十年に及ぶ戦争を終えてから三年、ドゥーハンは戦争の傷痕が癒え平和を
取り戻しつつある。
しかし、ガルディはその平和を息苦しく感じていた。
六英雄のある者は王族の近衛として、ある者は宮廷魔術師としてドゥーハンの復興
を担っていたが、ガルディは武芸者としてまた賞金稼ぎとして各地を放浪する事を
選んだ。
西に盗賊団が現れると聞けば地方領主が軍を差し向ける前に乗り込み全てを切り伏
せる。
東に腕が立ち、自分と同じ様にこの時勢に息苦しさを感じている剣士が在れば剣を
交える。
そんな生活を送る内にガルディは自分以外にも六英雄の一人が野に下っているとの
噂を聞きつけ手を合わせるためにこの地に足を向けた。
ガルディは時折、方位磁針と地図を取り出し遠くに見える山々や高く登った太陽の
位置から小径を外れていない事を確認しながら進み続けた。
次第にガルディの目の先に小高い丘が見えてくる。
この丘の先に目指す六英雄の一人がいる。
そう思うとガルディの歩みは自然と速まった。
「もしかして……ガルディさんですか?」
丘を目指し歩を進めていたガルディは背後からの聞き覚えのある低めの声に振り返
る。
そこには深紅の闘衣を纏い白い陣羽織を羽織った若い中性的な顔立ちの女性の姿が
あった。
「久しぶりだな、マコト」
ガルディは振り返ると気配も感じさせずに現れたマコトに対し内心では狼狽しなが
らも、平静を装い応える。
ガルディの視線の先には自分の足跡の他にマコトが付けた足跡が見えた。
その様子にガルディは更に動揺した。
最後にした町からここまでの道のりの間には猟師小屋すら存在しないと聞いている。
そして、その街を出てこの雪に埋もれた道を来たのは自分以外にはいなかった。
粉のような新雪とは言え臑の中程まで沈む深さともなれば自然と歩みも遅くなる。
その道をこの娘は旅慣れた自分よりも早く歩みを進めて来たことになる。

「この先は、私が修行している僧院しか在りませんけど…何か御用でしたか?」
マコトの問いかけに対してガルディは無言で頷くと改めて彼女に間違いないか検分
した。
戦争の終結当時は十六歳のマコトは少女と言うより美少年と思わせる容貌だった。
今は色香が加わり美女と呼んでも良い範疇にある。
しかし、その美貌は国を傾ける様な妖しいものではなくあふれ出す生命力が織り成
す健康的な美だった。
武を以て敵を討ち滅ぼし、マナを操り傷を癒し、人を支える修道闘士として、その
健康的な美は相応しい。
だが、武林の誉れ高い僧院から最高位の証である深紅の闘衣と白い陣羽織を与えら
れた人物とは思えない点は以前と変わりなかった。
ガルディの脳裏のマコトが立てた武功の数々が蘇る。
たった一人で陥落寸前の砦へ救援に入り、オークの大隊を食い止めた救出戦。
驚異的な再生力を誇るトロルを一撃で仕留めた草原での戦い。
月の王と呼ばれる人狼を満月の夜に討ち取った夜戦。
数多くの吸血鬼を束ねる真祖を破った一騎打ち。
そして、ドラゴンと同じように固い鱗で身を覆い、高位の魔法を操ると同時に巨人
にも劣らない膂力を持つ魔神グレーターデーモン達を壊滅させ魔軍の士気を打ち砕
いた決戦。

その武功は六英雄の中でも頭抜けており、マコトが従軍した一年で膠着していた戦
況は一変し、彼女は武神と讃えられていた。
無論、ドゥーハン王は戦争終結後、マコトを召し抱えようとしたが、彼女は自分が
修行中の身であるとその要請を丁重に断り野に下る。
だが、マコトは戦功を讃えられ王に謁見する度に側近達の視線から自分のような若
輩者が宮中に入れば新たな火種となると察して身を引いたのだった。
そんなマコトはガルディを呼び止めその目を見た瞬間、彼の意図を見抜いた。
マコトはガルディに集中しつつ余分な力を抜き、何が起きても対応できるように備
える。
それでいながら表面上は身構えているとは思えないほどの自然体を保つ。
そのマコトに対しガルディは剣を抜き払いながら斬りかかった。
マコトはガルディの攻撃を紙一重でかわすと、ガルディは剣を縦横に振り剣を打ち
込んだ。
ガルディの剣は魔を断ち、竜の鱗すら切り裂く失われた古代の技術で鍛えられた名
剣である。
業物という言葉では済ませられないその剣を操るガルディの技術もまた、剣鬼の二
つ名に相応しく鋭く迷いがない。
その剣をマコトは冷静に足裁きを駆使し、時には身を反らし、或いは身を低くしか
わしていく。
その冷静さは人を容易く斬る剣を前にしているとは思えないものだった。

雪煙を上げ二人の立ち会いは続く。
とは言ってもガルディが一方的に攻め立てマコトが守りに徹するだけの展開。
ガルディはこのまま剣を振り続けても埒があかないと判断し時折、突きを剣戟に織
り交ぜ始めた。
だが、マコトはその突きも上体を振ることで鮮やかにかわしていく。
そして、ガルディの幾度目かの突きに合わせマコトは彼の懐に踏み込み各関節を捻
りながら軽く握った拳を突き出した。
マコトはその拳がガルディの鎧に当たる瞬間に強く握り込む。
それは鎧を砕く事よりも衝撃を効率よく身体へと伝える為の一撃だった。
ガルディの鎧はその剣同様に古代の技術で作られた名品で業物でも傷一つ付ける事
は出来ない。
だが、どんな強固な鎧でも衝撃を防ぐ事は出来ない。
ガルディはマコトの拳を受けると膝をついた。
真っ白な雪をガルディの口から吐き出された血の塊が赤く染める。
ガルディは剣を杖のように地を突き、震える膝を叱咤し立ち上がった。
「今のが鎧徹しか…」
マコトの拳が当たった腹部から全身に広がる痛みに耐えながら震えた声でガルディ
は呟く。
その声にある震えの原因は痛みばかりではなかった。

「少し手加減させて貰いましたけどね」
ガルディの呟きにマコトはそう応えた。
「ところでまだ続けます?それとも降参します?」
マコトは更に言葉を続けた。
その口調には嘲りはなく淡々と事実を告げガルディの意志を確認するだけのものだっ
た。
マコトの言葉に対しガルディは再び剣を構える。
ガルディは魔軍との戦いですら感じたことのない死の恐怖を覚えていた。
武の極みに至った修道闘士の前にはどんな堅牢な鎧も意味がないと先の一撃で思い
知らされたからだ。
だが、剣に生きてきた者としてここで命乞いをするのは恥だと感じガルディは再び
剣を構えた。
そんなガルディに対してマコトは自然体の構えを崩さない。
ガルディは次の一撃に全てを賭けるために精神を研ぎ澄まし、マコトへと斬り込ん
だ。
その剣戟は死の恐怖の前に種々の雑念が振り払われガルディの生涯、最高の一撃と
化した。
だが、マコトはその剣戟を容易くかわすと再び鎧通しを打ち込んだ。

ガルディは再び膝から崩れ落ちた。
だが、マコトの攻めはまだ終らない。
鎧通しの為に一度低くした姿勢から一気に撓めた筋肉を解放するとガルディの顎を
掌底で打ち上げる。
もはや頽れるしかなかったガルディはその掌打で宙へと高く舞った。
マコトは宙を舞うガルディへと向かい跳躍する。
そして、ガルディを羽交い締めにするとそのまま大地へ向かい急降下をする。
それは忍者の奥義として飯綱落としの名で伝えられる技だった。
修道闘士と忍者の体術は源流を同じくしていると伝えられている。
だが、この技を使える者はそう多くはない。
マコトがこの技を習得しているのは天賦の才能とそれに溺れず努力をした結果だと
言えた。
マコトはガルディを新雪が降り積もり更には吹きだまりとなった部分へと叩き付け
た。
雪が緩衝材になりガルディは死を免れる。
だが、三度も修道闘士の奥義を受けた身体はもはや自由にはならなかった。
「俺を殺せ…戦のない世界では…俺は生きていけない…」
ガルディのくぐもった声が切れ切れにマコトへとそう告げる。
マコトはそこでガルディの背中、心臓のある辺りへ掌打を振り下ろした。
ガルディはその一撃に死を覚悟する。

だが、ガルディの意識は途切れることはなかった。
「ガルディさん、修道闘士は僧なので貴方の命を奪うことはありません」
マコトはガルディに手をかざしたまま穏やかな口調で告げる。
「ですが、剣士としての貴方に死を与えました。さっき、心臓近くの血管に治療術
でも治ることのない細工をしておきました。平穏に生きてる分には何の問題もあり
ませんが闘いで激しく動くと裂けてしまいますよ」
マコトはそう告げるとガルディへ治療術をかけてから立ち上がり背を向けた。
ガルディはマコトに対し背後から斬りかかろうと傍らに落ちていた剣を掴むと立ち
上がる。
ガルディが大きく一歩、踏み出した瞬間、彼は胸を押さえその場に蹲った。
マコトの言ったとおりガルディの胸に痛みが走る。
ガルディはその痛みに耐えながら涙した。
闘いの中で死ぬことは考えていても自ら命を絶つ覚悟の無いガルディのとって、こ
れから数十年、剣を振れない身体で生きていくことは耐え難いものであった。
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