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ダンスマカブル

腕自慢の戦士や武闘家が集まり、賭け試合が行われる闘技場。
壁には試合で使われる木剣が掛けられたその場は異様な興奮に包まれていた。
「おい、あのマーニャって女は何者なんだ?」
その中の観客の最前列にいた一人が隣の男に問いかける。
「この間の夜、劇場で踊ってるのを見たぞ、俺は」
問いかけられた男は隣の男にそう答えた。
「あぁ、あの色っぽい姉さんか」
その会話を聞いてた別の男が二人の会話に割り込む。
「けどよ、その踊り子が何であんなに強いんだ?」
闘技場の中央で膝を突き蹲っていた武闘家、イェンは観客達の声に立ち上がり、
構えを取ると目の前に立つ褐色の肌をした女を睨み付けた。
腰まで伸ばしたつややかな髪、翠玉をあしらったサークレット、肌は殆ど露出
し胸を覆う僅かな布地と臑の半ばまである腰布だけが身を覆っている。
その露出した肌にはしなやかな筋肉が浮かび上がっていた。
とは言え、それは無骨な闘うためのものではなくすらりとした肢体をより扇情
的に艶やかに見せるアクセントとして働いている。
イェンは観客達の声にマーニャが繰り出してきた蹴りの数々を思い返した。

時を遡ること僅か、今日も圧倒的な強さで対戦相手の戦士を下したイェンに対
し挑戦する者を賭け試合の胴元が募ったときに名乗り出たのがマーニャだった。
観客達はマーニャの無謀さに静まりかえり、イェンはその挑戦を拒んだ。
だがマーニャは突然、イェンに向かい次々と蹴りを放ち始める。
足を跳ね上げ半月を描くような足刀から始まり、宙を舞いながらの二段回し蹴
り、側転をしながら車輪の様に放つ蹴り、数々の足技が絶え間なくイェンを襲
う。
それは、観客達に弦楽器とドラムで奏でられる民族音楽を思い起こさせ、興奮
状態へと誘うものであった。
そして、攻めたてられる者はいつの間にか濃厚な殺気に包まれていた。
マーニャの放つ殺気は敏感に気配を察知し技を見切るイェンとってあまりに濃
密過ぎる。
感覚を鈍らされた、イェンはマーニャの蹴りをかわすのに精一杯となる。
マーニャの繰り出す蹴りの数々。
それははイェンがかつて南国を旅した際に見たかつては闘技だったと言われる
民族舞踊と告示していた。
しかし、現実はマーニャの繰り出す数々の足技は独特のリズムを以て彼を追い
詰めていく。
そして、マーニャの倒立からの蹴りをイェンは何とかしのぎ反撃に出ようとし
た時、彼女は逆立ちしたまま開脚し独楽の様に回転を始めた。
イェンが踏み込んだその瞬間、マーニャの一撃目の蹴りを脇腹に食らい身体の
力が抜けた。
更にイェンはマーニャの二撃目の蹴りを食らい吹き飛ばされた。

イェンに睨め付けられたマーニャはまるで舞踏の一節が終ったと言わんばかり
にその舞踊独特の姿勢を取っていた。
つい先程までイェンを追い詰めた殺気は消え失せ生来の陽気さを窺わせる表情
をしている。
だが、イェンの目にはその姿すら油断のならないものに移っていた。
マーニャの蹴りに追い立てられていた際にイェンが感じた殺気は何時、発せら
れた物かも判らず、彼が膝を突いている間に雲散霧消している。
しかも、マーニャの取る姿勢は独特ではあるが何時でもあの韻律を再開出来る
程の自然体だった。
何時でも攻撃を再開し、闘いの主導権を簡単に握ることが出来るマーニャ。
そんなマーニャを警戒する内にイェンの脳裏に場違いな考えが浮かんでくる。
つい先程まで見せていた殺気をあっさりと生来の陽気さで包み隠す変わり身は
健康的な美を持ちながら夜の劇場で男達を惑わす踊りを披露しているマーニャ
と重なりイェンは感心してしまった。
「あ~ら、お兄さん。あたしの踊りに見取れてしまったのかしら?でも、気を
付けた方が良いわよ、今夜の踊りは凄く激しいから」
イェンの考えを見透かしたようにマーニャが蠱惑的な口調でそう告げた。
マーニャの言葉にイェンは脳裏に浮かんだ考えを振り払い気を引き締める。
民族舞踊として伝えられたものを本来の姿である闘技として披露するマーニャ。
百戦錬磨の武闘家であるイェンにとっても目の前に立つ踊り子は底の知れない
存在であった。

二人が睨み合う間にかつては本人も腕利きの戦士であり、この闘技場で数々の
闘いを見る内に目の肥えた賭けの胴元は今夜一番の儲けが出ると踏み掛け金を
募っていた。
次々と、今夜の儲けの全てを賭ける声が響く中、イェンとマーニャの闘いが再
開される。
イェンとマーニャは互いに間合いを詰めた。
マーニャの顔へ目掛けイェンは鋭い突きを繰り出すと彼女は上体を倒しながら
回し蹴りを放つ。
その軌道上にはイェンの頭があった。
しかし、イェンの側頭部を捉えると思われたマーニャの蹴りは彼の突き同様に
空を切る。
イェンはマーニャの蹴りを身を低くしてかわしていた。
それと同時にイェンはマーニャの軸足に対して足払いを放つ。
対するマーニャは片手を突き、軸足でしゃがみ込んだイェンの頭部へ目掛け半
円を描きながら蹴りを繰り出した。
その蹴りはイェンの頬を掠め擦過傷を与える。
イェンはその蹴りに対して戦慄を覚えた。
過去、様々な武闘家と手合わせを繰り広げ蹴りの名手とも言うべき武闘家とも
闘ったがマーニャのようにいかなる状態からでも蹴りを放つ者は居なかった。

急ぎ体勢を立て直すイェン。
だが、その前にマーニャは両足を床に付けると跳躍し前転宙返りからイェンの
頭頂部へ目掛け左右の踵を落とした。
気が付けば、マーニャからイェンの感覚を鈍らせるほどの殺気が放たれている。
立ち上がりながらも身を反らしイェンはそのマーニャの踵をやり過ごそうとし
た。
最初の踵はイェンの鼻先を掠め、次の踵はイェンの額を捉える。
急所を外したもののマーニャの全体重が集中した踵落としの衝撃はイェンの脳
を麻痺させ運動能力を奪った。
その僅かな間に着地したマーニャは水面蹴りでイェンの足下をすくう。
大きくバランスを崩し倒るイェン。
その腹部へ目掛けマーニャは今、水面蹴りを放った脚とは逆の脚で大きく円を
描きながら踵を落とした。
イェンは空中で身体をくの字に曲げられたまま、床へと叩き付けられる。
そして、マーニャの足はイェンの腹部を未だ捉えていた。
床にたたきつけられたイェンは背中からの衝撃で肺が圧迫され呼吸困難に陥る
と同時に内臓を押しつぶされる。
仰向けに倒れたイェンの腹部をマーニャが踏みつけるような恰好になった。
イェンはその状況に激しい屈辱を覚える。
そこへマーニャはイェンを踏みつけている足へ更に体重をかけた。
より内臓を圧迫され思わず苦悶の呻きを上げるイェン。
しかし、イェンはそんな状況でも闘志を失わずマーニャを睨め付けていた。

マーニャはイェンの視線を受け止めると踏みつけていた足をどけ後退する。
イェンの闘志を失っていない瞳にマーニャは歓喜を覚えた。
まだ、この舞踏を披露し続けることが出来る。
そんな思いにマーニャの口許が綻んだ。
イェンはその様子に自分が侮辱されたと思い跳ね起きると同時にマーニャへ
と躍りかかった。
渾身の力を込めた一撃でマーニャを倒す。
そんな思いを込め後一歩、踏み出そうとした時、マーニャの脚が跳ね上がり
前蹴りを放った。
鳩尾を爪先で抉られ、お辞儀するように上体を倒すイェン。
マーニャはその顎へ目掛け後方展開しながら顎を蹴り上げた。
顎から脳天へと突き抜ける衝撃と共に一度、前傾したイェンの身体が伸びきる。
そこへ、マーニャは跳躍しながら二段回し蹴りを放った。
最初の蹴り脚はイェンの側頭部を捉え、次の蹴り脚で頬を打ち抜く。
イェンの口から折れた歯と血が迸る。
それは、マーニャの舞踏が終演前に迎えた最高潮の始まりを告げるものだった。
マーニャの蹴りに回転させられ、向き直ったイェンに彼女は空中二段回し蹴り
とは逆の向きに回転し地に足を付けたまま回し蹴りを放つ。
再びイェンの口から折れた歯と血が迸った。
更にマーニャは側転をしながら大車輪蹴りをイェンの顎へ見舞った。

度重なる頭部への打撃よろめくイェンに対し舞ながら次々とマーニャは蹴りを
放つ。
マーニャの爪先、足の甲、踵、膝が凶器となり、様々な角度からイェンに襲い
かかった。
イェンは吹き荒れるマーニャの蹴りの嵐に為す術無く晒された。
マーニャの蹴りがイェンの身体の至る所に炸裂し、彼から汗が飛び散り血が迸
る。
イェンは美姫の舞踏について行けず無様な姿を晒す無粋なダンスパートナーと
化していた。
その顔は無惨に腫れ上がり痣だらけになっている。
何もここまで痛めつけることはない。
普通ならばそう思う有様だがマーニャの舞踏は美しく、誰もが何も考えずその
闘技に釘付けになった。
遂にイェンは側頭部と後頭部を巻き込むマーニャの華麗な回し蹴りの前に崩れ
落ちた。
白目を剥き気絶したイェンを尻目に胴元はマーニャの手を掲げると彼女が勝者
で在ることを高らかに宣言する。
「なぁ、姐さん。この街にいる間、こっちでも踊ってくれないか?礼は弾むよ」
気絶し担架で運ばれていくイェンを横目に見ながら胴元はマーニャに声をかけ
た。
「あら、悪くない話ね。喜んでのせてもらおうかしら」
胴元の誘いにマーニャは快く承知する。
金遣いの荒いマーニャにとって一寸した小遣い稼ぎのつもりで参加した闘技場
で儲け話を持ちかけられたのは思わぬ収穫だった。
同時にマーニャはもう一つの欲求を満たせることを喜んでいる。
それはマーニャが身に付けた闘技と一体になった舞踏を人目に披露する機会を
得た喜びだった。
やがてマーニャはダンスマカブルの異名で畏れられ敬われる存在となった。
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