2ntブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

BOXER M@STER MISSING MOON


たまの休日、俺は身体を動かそうとジムへと向かった。
そこには思わぬ人物がいた。
それは自分が務める芸能プロダクション、765プロに所属する三浦あずさだった。
あずささんは765プロ最年長のアイドルであり、おっとりした性格でありながらと大人
らしい包容力を感じさせ癒し系お姉さんとして人気の存在だ。
そんな、あずささんが何故ここにいるのかと問うと彼女は意外な一面を語ってくれる。
それはあずささんがダイエットの為にボクササイズをやっていると言うことだった。
更にあずささんが考えたメニューはかなりの評判で本を出したり講師をしてほしいとの声
まであると聞かされる。
「それに……うふふ、ちょっぴり強くなったみたいって、みんなに言われるんです」
あずささんはそう言いながら笑みを浮かべた。
それはいつもの癒しを生み出す笑みとおっとりとした語り口。
得意げに語るわけでもなく不遜な笑みを浮かべるわけでもないあずささん。
その様子に絶対の自信があるからこそ普段と変わらぬ様子で話すのか冗談でも言っている
のか俺は判断がつかない。
そんな俺たちの会話に一人の男が加わった。

「なかなかの評判らしいですね、あずささん」
俺たちの会話に割って入ってきたのはこのジムへたまに出入りしているプロボクサーの青
年だった。
礼儀正しく、やんわりとした物腰と誰にでも大して気さくな態度を取る彼は好青年として
誰からも好かれている。
「ぼくはちょっと興味があるんですよ……あずささんさえ良ければ軽くスパーしてみたい
ですね」
青年はそう言うと瞳を輝かせる。
その瞳には言葉通りあずさのちょっぴり強くなったと言う言葉に対する興味の色が浮かん
でいた。
「私は良いんですけど……プロデューサーさんがなんて言うか」
あずささんはそう言うと俺の方をちらりと見る。
その表情はいつもの表情と変わらない。
アイドルであるあずささんがプロボクサーとのスパーリングだなんて普通ならば許すこと
は出来ない。
だが、あずささんの表情は普段と変わらないながらも何か気押されるものを感じた。
「あずささんが良いというなら俺は構いません」
あずささんから感じたものを何であるかを考える前に俺はそう答えていた。

二人がリングに上がる。
スパーリングと言うことで二人ともヘッドギアをつけていたが俺は少しばかり不安になっ
ていた。
それと同時にあずささんから感じた重圧の正体を突き止めようとしている俺もいる。
そんな俺の思索をよそにあずささんはマウスピースを咥える。
そして二人はグローブを軽くあわせるとファイティングポーズを取った。
青年は右利きであることを告げる普通の左構え。
対するあずささんはなんとサウスポースタイルを取っていた。
俺はあずささんの表情を伺う。
いつもの人に安らぎを与える表情は消えていたが、非常に落ち着いた穏やかな様子だった。
だが、それ以上にあずささんから滲み出る雰囲気が何時もと違うことを感じた。
俺の背筋がその雰囲気にゾクッとする。
それはリングに上がったあずささんは俺とは違う世界の住人であることを告げる証。
二人は互いにフットワークを使い、間合いを計り始めた。
やがてあずささんがジャブを繰り出す。
そのジャブに俺の背筋に更に寒気が走り、青年の柔らかかった表情が一気に鋭くなった。

フットワークを駆使しながらリードジャブを何度か打って間合いを計るあずささん。
青年はあずささんの制空権から離れようと試みているのが素人目にも良く判った。
しかし、あずささんのフットワークは全くそれを許さない。
俺の脳裏にあずささんは本当にボクササイズしかしてないのかと疑問が浮かんだ。
そんな矢先に激しい打撃音が俺の耳朶を振るわせる。
その音はあずささんのストレートを青年がガードした音だった。
青年の表情が更に鋭くなる。
それは実際の試合でリングに立っているのと全く変わらない。
「あずささん、すいません……軽く、じゃ終らなさそうですね」
青年はあずささんがストレートの後の隙を突き一度、間合いを取るとそう言った。
今度は逆に青年があずささんへとジャブを繰り出す。
無論、あずささんがリードジャブを打ったときと同じようにフットワークを駆使しながら
ではあったが、彼女はそれをフットワークとウィービングを駆使して青年の調子を狂わせ
ていた。
そんな青年のジャブの隙を突きあずささんは一気に彼の懐に飛び込むと左のボディアッパ
ーで青年の鳩尾を突き上げる。
重く鈍い音がジムに響き渡った直後、青年はマットに膝をついていた。

「あずささん……あなたはちょっぴり強い……どころじゃないですよ」
苦しそうな息を整えながらゆっくりと立ち上がる青年。
青年の目には強い闘志が湧いてた。
「何れギアを外して……本気でやってみたいのですが」
ファイティングポーズを取り青年があずささんにそう告げる。
「それじゃあ、その日のために今日は軽くで済ませましょうね」
あずささんが青年の言葉に応えるとスパーリングが再開された。
その後も互いにフットワークを駆使し時折、パンチを繰り出しながら二人は残りの時間を
過ごす。
その間も青年の拳はあずささんに掠りもせず、逆にあずささんの拳は青年のガードを上下
に揺さ振り脇腹や鳩尾と行った腹部、そして頬や顎、こめかみと言った頭部の急所を的確
に捉え続けた。
やがてスパーリングを終えた青年は思わぬ難敵に遭遇した高揚感と焦燥感の入り交じった
複雑な表情をたたえてリングを降りる。
一方、あずささんはスパーリングを終えた瞬間にいつもの彼女に戻っていた。
しかし、俺の目蓋の裏には穏やかな表情のまま相手を的確に追い詰めるあずささんの姿が
焼き付いたままだった。
そのあずささんの姿はステージに立つ姿とは違う美しさを感じさせるものだった。

あずささんと青年ボクサーのスパーリングから数ヶ月が過ぎた。
その間にあずささんの考えたボクササイズメニューについてのDVDや書籍が発売され話
題を呼んでいる。
そんな矢先、発売記念イベントとしてエキシビジョンマッチのオファーがあった。
対戦相手はあの青年ボクサー。
社長からは君の判断に委ねると全てを任されたが俺はどうするべきか悩んだが、相変わら
ず目蓋の裏に焼き付いて離れないあずささんの闘いぶりをもう一度みたいと言う欲求に従
い、このオファーを受けることにした。
そして、今、俺はセコンドの一人としてあずささんに割り当てられた青コーナーから彼女
の闘いぶりを一挙手一投足を漏らさぬように見続けている。
あずささんはイメージカラーである紫のトランクスにショートタンクトップ、白いリング
シューズに青のグローブという出で立ちで青年と闘っている。
エキシビジョンと言うことで最初は青年が手加減をしていると見られていたが、リングサ
イドで彼の表情が本気であることをうかがい知った客から他の観客へと興奮が伝わり、あ
ずささんはアイドルとしてではなくボクサーとして皆に受け入れられていた。

試合展開はスパーリングと同じくあずささんが一方的に攻め立てる展開となっていた。
違う点と言えばあずささんが開幕早々、青年の懐に飛び込みリングを思い切り蹴りこみ身
体をしっかりと捻った左ボディアッパー、彼の身体が浮くような強烈な一撃でいきなりダ
ウンを奪ったことである。
いや、それだけではない。
あずささんは驚異的とも言えるハードパンチを披露し続けていた。
あずささんのフックが青年の頬を捕えれば彼の皮膚が波立ち、アッパーが顎を、ストレー
トが青年の顔面を正面から捕えれば仰け反る。
そして、その度にまるで青年の首が据わっていないかのように頭が張り子の人形の如く揺
れ、彼の目が焦点を失う。
また、あずささんのボディアッパーが青年の鳩尾を抉れば彼は息苦しそうに表情を歪め、
ボディフックが脇腹の内臓がある辺りに食い込むと彼の顔が苦悶に満ちる。
しかも、あずささんはパンチを単純に左右交互で繰り出すだけではなく青年のガードのタ
イミングを狂わすために片手でのダブル、トリプルと言ったコンビネーションも織り交ぜ
られていた。
無論ガードを上下に揺さぶることも当然、行っている。
あずささんのその姿は百戦錬磨のプロボクサーであるかのようだった。

そして、試合はあっけなくそれでいてあずささんのボクサーとしてのパワー、テクニック、
スピードを全て凝縮したまま終った。
第一ラウンドの終了間際にあずささんが放った捻りを効かせた左の強烈なフックを食らい
青年の口からマウスピースが弾け飛ぶ。
その一撃は青年がボクサーとして立ち続けていた意地を粉砕し彼を沈黙させた。
青年の身体は斜めになりながら一回転し仰向けにリングへと倒れ込む。
それでも、なお青年の闘争本能は立ち上がり闘うことを要求するかのように頭をもたげた
がすぐに力なく崩れた。
その表情は悔しさと美しき挑戦者の持つ才能への憧憬、そして強敵と闘い敗れた満足感が
混じり合っている。
俺はその姿に弾かれたようにリングへと入るとトレーナーが勝利したボクサーにする様に
あずささんの身体を抱え上げた。
あずささんの柔らかい肌の下に俺はしなやかに鍛えられた筋肉の感触を感じる。

その感触に俺はジムであずささんとの会話で言われた一言を思い出した。
「もしも、プロデューサーさんとケンカをしたら、勝ってしまうかもしれませんね~」
俺はその言葉を思い浮かべながらもしあずささんとケンカをするようなことがあれば勝負
になるどころか一撃で沈められてしまうだろうと確信した。
その確信と共に俺はあずささんの柔らかい肌と鍛えられた筋肉の感触に名残を惜しむよう
に抱えた彼女の身体を降ろした。
俺の視線とあずささんの視線が絡み合う。
あずささんは闘いを終えボクサー三浦あずさからアイドル三浦あずさの表情に戻っていた。
「プロデューサーさん、ちょっと待っていてくださいね~。彼にも挨拶をしてきますから」
あずささんがそう一言、告げるとようやく起き上がった青年の元へ向かい抱擁を交わす。
互いに闘った者にしか判らない感情に満ちたその抱擁に俺は嫉妬してしまった。
twitter
検索フォーム
リンク
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

最新コメント
最新トラックバック
FC2カウンター
現在の閲覧者数:
ブログパーツ