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拳闘勇姫

 多くの観衆が集い津波のような歓声が響き渡る円形闘技場。
 その中心部に筋骨隆々の男が立っている。男は無敵と謳われた拳闘士。その鍛え上げら
れた肉体には入れ墨が彫り込まれていた。
 拳闘士の視線はせり上がってくる昇降機に乗った挑戦者へと注がれている。
 昇降機の上には足許まで覆われたローブ姿の挑戦者の姿がある。フードを目深にかぶり
その顔までうかがい知ることは出来ない。一つだけ言えるのは拳闘士よりも小柄な体格で
あると言う事実だけであった。
 昇降機が止まると歓声は更に大きくなる。挑戦者はその声に応えるようにローブを脱ぎ
捨てた。
 拳闘士の前に姿を表わしたのは金髪碧眼の勝ち気な眼差しが印象的な美女だった。
 彼女の名はカサンドラ・アレクサンドル――神の加護を得られた者のみが体得できると
言われる聖アテナ流の女剣士である。だが、剣を帯びている様子はない。
 無論、拳闘士もその勇名は耳にしていた。しかし、剣士であるカサンドラが何故、この
場にいるのか、何故、武具を持っていないのか理解に苦しむと言う風情で佇んでいる。
「あら、私が相手だとは聞いてなかったみたいね」
 拳闘士の表情を見るなりカサンドラは可笑しくて堪らないといった口調で告げる。
「貴様の勇名は聞いている……だが、俺と拳で闘おうというのか?」
 拳闘士の問いかけに対しカサンドラは拳を閃かせた。白い手袋に覆われた拳が閃光のよ
うに疾り拳闘士の眼前で止まる。
「面白い……この勝負、受けて立とう」
 カサンドラの鋭い拳の前に拳闘士は歯を剥き出し笑みを浮かべた。それは獲物を見付け
た肉食獣を思わせる表情であった。
 拳闘士は眼前に突き付けられたカサンドラの拳を振り払うと矢継ぎ早に拳を繰り出し始
めた。対するカサンドラは身を反らし、足裁きを駆使してその拳をかわしていく。
「意外とやるじゃない」
 拳闘士の攻撃をかわしながら余裕の口調で拳闘士を煽る。しかし、拳闘士は挑発にはの
らず一端、退き間合いを取る。
 睨み合うカサンドラと拳闘士。カサンドラは片目をつぶり、右手の人差し指を拳闘士を
招くように動かす。
 それを合図に拳闘士は再び拳を振るい始めた。その動きは冷静そのもので次々とカサン
ドラの急所へと目掛け繰り出される。
 しかし、カサンドラも拳闘士の攻撃を上手く避け、反撃の手を繰り出す。そして、カサ
ンドラの攻撃をかわし、更に攻撃の手を繰り出す拳闘士。
 二人の攻防に観客がどよめく。
「は~ぁっ…飽きてきちゃった」
 互いに拳を振るい、かいくぐる展開が数十合と繰り返された後、カサンドラはそう呟く
と横薙ぎに振るわれる拳闘士の拳を身を低くしながら拳闘士の懐へと潜り込んだ。
 低い姿勢からカサンドラが右の拳を振り上げる。その軌跡は狙いを過たず拳闘士の顎を
捉え打ち抜いた。
 強烈な一撃を受け、数歩後退りしてから尻餅をつくように崩れる。一方、カサンドラは
暫く拳を振り上げた姿勢を保ってから、ゆっくりと構えを取り直した。
 再び、片目をつぶり右手の人差し指を拳闘士を招くように動かす。
 拳闘士はカサンドラの素振りに乗るかのようにゆっくりと立ち上がった。

 拳闘士が立ち上がり構えを取ると同時にカサンドラは疾りだす。
 一気に前に出てくるカサンドラを迎撃しようと拳闘士は拳を振りかざした。しかし、そ
の拳が突き出される前に真っ直ぐ打ち出されるカサンドラの右の拳が拳闘士の顔面を真正
面から捉える。
 カサンドラの拳で拳闘士の鼻が潰れ、仰け反る。そこへカサンドラの左の拳が拳闘士の
鳩尾を下から抉り突き上げ、拳闘士の仰け反った身体を強制的に戻した。
 更にカサンドラは右の拳を横薙ぎに振り払う。拳闘士はその拳をかいくぐりがら空きの
腹部へと向け拳を下から突き上げた。
 しかし、拳闘士の拳に肉を撃つ感触は伝わってこない。拳闘士の反撃を確信したカサン
ドラは後退し攻撃圏から退いていた。
 拳闘士は更に踏み込み拳をカサンドラの顔へと真っ直ぐに打ち出した。カサンドラはそ
の拳を上半身を右に振り紙一重でかわした。
 カサンドラの口元に笑みが浮かぶ。拳闘士とカサンドラの視線が一瞬、交錯する。
 拳闘士はカサンドラの表情に自分の拳をあえてギリギリでかわした事実を読み取った。
そこへ拳闘士の左頬から肉を打つ音が響き渡る。
 カサンドラは右に振った上半身の戻る勢いを利用し、再び右の拳を横薙ぎに振り払って
いた。
 拳闘士の口腔から白い欠片が混ざった血と唾液が迸る。拳闘士の顔が強制的に右を向か
される。
 再び拳闘士の左頬から肉を打つ音が発せられた。カサンドラの左の拳が真っ直ぐに伸び
拳闘士の頬を捉えている。
 拳闘士は今一度、後退りをする。しかし、今度は頽れることなく踏みとどまった。
 震える膝を叱咤しカサンドラへと疾る拳闘士。
 無敵と謳われる拳闘士の闘志は未だ、健在であった。

 次々と拳を繰り出す拳闘士。その拳はカサンドラの顔へと向け振るわれる。
 勇名を馳せているとは本来は剣士、しかも女に顔を打たれたとあっては拳闘士の矜持が
許さなかった。
 拳闘士が直線的な拳を繰り出せば、カサンドラは上半身を右に左にふり、そこから拳を
横薙ぎに振り払い拳闘士の頬を穿ち、脇腹を抉る。
 拳闘士が横薙ぎに拳を振れば、カサンドラはその拳をかいくぐり拳を振り上げ、拳闘士
の顎を打ち抜き、腹部へと突き立てる。
 拳闘士が拳を振り上げれば、カサンドラは上半身を反らし拳を真っ直ぐに突き出し、拳
闘士の顔面や、胸部を打ち貫く。
 カサンドラの拳に散々に打ちのめされ、顔や体中に紫色の痣が浮かび、目蓋や頬が腫れ
上がり、顔と言わず身体と言わず避けた皮膚から血を流す拳闘士。
 無論、鼻孔や口の端からも血がしたたり落ちている。アドレナリンはとっくに切れ、全
身を苛む痛みはもはや何処から発せられてるかもわからない。
 そこまで痛めつけられ拳闘士はやっと冷静さを取り戻していた。膝が笑い足は全く言う
ことを聞かず、腕は鉛でも詰め込まれたかのように重い。
 それでも拳闘士は立ち続けていた。
 何かがおかしい――そう思ったカサンドラは立っているのがやっとの男へ全身全霊をか
けた右の拳を真っ直ぐに疾らせた。拳闘士が派手に吹き飛び土の上に叩き付けられる。
 最早、拳闘士が立ち上がることはない。誰もがそう思ったとき拳闘士の身体に異変が発
生した。

 上半身に彫り込まれた入れ墨から黒い障気が立ち上り傷口がふさがり始める。虚ろに焦
点があっていなかった目は黒目が広がり拳闘士は獣のような咆哮をあげて立ち上がった。
 その声に観客の歓声が悲鳴に変わる。
 しかし、相対するカサンドラは全く動じていなかった。
「噂通りね。あんたの強さはソウルエッジが源だったんだ。だったら、遠慮はいらないわ
ね……あんた、死んじゃうかもね!」
 変貌した拳闘士に対しカサンドラは宣言をする。しかし、その言葉は拳闘士には届いて
いない。
 拳闘士は身の毛もよだつ咆哮をあげカサンドラへと突進する。拳闘士は両の手を組み振
り上げ、カサンドラの頭頂部へと目掛けそれを振り下ろした。虚しく空を切り闘技場の土
を陥没させた拳闘士。
 そこへ、カサンドラ次々と拳を打ち込んだ。異形と化した拳闘士がカサンドラの拳の前
に身体を仰け反らせ、折曲げ、右へ左へと振られる。
 拳闘士の身体に一度は消えた痣、裂傷、腫れがカサンドラの拳によって再び刻まれてい
く。
 神々の加護により聖アテナ流を会得したカサンドラ。その上で鍛冶神ヘパイストスに与
えられた聖なる武具を用いてこそ、魔剣ソウルエッジに魅入られた者と渡り合える。
 誰もが、そしてカサンドラ自身がそう信じていた。
 しかし、現実はカサンドラの拳によりソウルエッジの取り憑かれた拳闘士を打ちのめし
ている。それが神々の加護によるものなのかカサンドラ自身の力なのかは今は判らない。
 だが、今のカサンドラにはどうでも良いことだった。
 強敵と結びねじ伏せる剣士として、否、戦士としての充足感が身体を満たしこの上ない
高揚感に身を委ねていた。それで居ながら油断は欠片もない。
 やがて、異形と化した拳闘士がカサンドラの強烈な右の拳に顎を打ち貫かれ仰向けに倒
れ込んだ。
 満身創痍になりながらも異形と化した拳闘士はまだ立ち上がろうとする。
「さあ、お仕置きよ!」
 カサンドラは蠢く拳闘士へ宣言するとその胴へと馬乗りになり、拳闘士の顔面に左右の
拳を次々と振り下ろした。
 何十合と振り下ろされたカサンドラの拳のより、遂に拳闘士は指一本も動かすことが出
来なくなった。無防備の民衆が魔物と化した拳闘士に襲われるという事態は回避され歓呼
の声が沸き上がる。
「女一人に、恥ずかしくないの?邪剣の力まで使って負けちゃってさ」
完膚無きまでに打ちのめされ、邪剣の支配から開放され、か細く呼吸を続ける拳闘士にカ
サンドラは侮蔑の言葉を投げかけた。
 拳闘士のうっすらと残る意識の中でカサンドラの言葉が何度も何度もこだまのように繰
り返される。
 そんな中、拳闘士の目に涙が溢れ始めた。強さを求め肉体を鍛え上げ、それでも足らず
邪剣の力を受け入れたにも関わらず、拳闘士でもない女に完膚無きまでに打ちのめされた
敗北感に。
 だが、誰一人としてその様子に気付くことはない。
 誰の目も素手で魔物を倒した凛々しき勇姫へと向けられていた。
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