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ヒトミVSジャン・リー

 デッド・オア・アライブの試合会場の一つであるとある道観でジャン・リー
は対戦相手が現れるのを待っていた。
 身体を暖めるために屈伸や跳躍を繰り返すジャン・リー。炎をあしらった功
夫着の下履きとリストバンド、靴のみを身につけ露になった上半身は無駄なく
鍛え抜かれていた。
 ひたすら強敵を求め彷徨う男ジャン・リー。ジークンドーの道を極め用心棒
まがいの仕事を重ねながら街から街へと流浪する日々。
 ジャン・リーは常に戦いに飢えていた。そんな彼がデッド・オア・アライブ
に参加したのは未だ見ぬ強敵を求めての事だった。
 そんな、ジャン・リーの前に十代後半と思しき銅色の髪、碧眼の少女が現れ
る。その顔立ちは東洋人の面影が見て取れる。
 その少女の正体はヒトミと言う名の空手家だった。日本人とドイツ人のハー
フであり父はドイツの空手界の重鎮である。そして、ヒトミは十八歳という若
さで、その父を超える実力を身につけていた。
 しかし、その服装はタンクトップにジーンズと武道家には似つかわしくない。
 ジャン・リーは何者かと問いたげな視線をヒトミに投げかけると、その拳が
拳サポーターで覆われていることを確認した。
 どうやらこの少女が対戦相手らしい。ジャン・リーはそう認識すると「来い」
と無愛想に呟くと構えをとった。
「お願いします!」
 ジャン・リーが構え終えるとヒトミは一言、挨拶をしてから構える。
 二人の戦いの火蓋は静かに切って落とされた。
 ジャン・リーは軽快なフットワークを交えながら、ヒトミはゆっくりと摺足
で移動しながら間合いを推し量る。
 二人の距離が縮まるに連れてあたりの空気が張り詰めていく。そして、互い
の拳が錯綜する間合いになった瞬間、張り詰めていた空気が一気に激流へと変
わった。
 互いに右の突きを繰り出すジャン・リーとヒトミ。しかし、その一撃は互い
の残していた腕によって弾かれる。続く第二撃はジャン・リーの方が速かった。
 だが、ヒトミもその一撃を危なげなく捌く。更に三撃、四撃とジャン・リー
が矢継ぎ早に拳を繰り出すがヒトミは更に捌いていく。そこへジャン・リーの
右回し蹴りが繰り出された。
 ヒトミの側頭部へと目掛けジャン・リーの右足が迫る。ヒトミはその足を受
け流すとジャン・リーの軸足となる左足へ右の下段回し蹴りを繰り出した。
 その細身からは想像もできない、しかし空手家らしい重く鋭い一撃がジャン・
リーの左足を刈る。ジャン・リーの身体が垂直に落下し尻餅をついた。
 しかし、ジャン・リーはヒトミの追撃が来る前に素早く立ち上がり、間合い
を取る。両者は再び睨み合いを始めた。
 互いに相手の出方を見ながら死角へと回りこもうとし、更にそれを阻止する
為の移動が繰り返され静かな戦いが繰り広げられる。その静寂を破ったのはヒ
トミの左後ろ回し蹴りだった。

 ジャン・リーはその蹴りを僅かに後退して躱す。その眼前をヒトミの蹴り足
が通過すると風圧からその威力が推し量れた。
 体重と筋肉は打撃の威力に直結する要素である。しかし、それは技術である
程度は補うことも不可能ではない。
 その点、ヒトミの技倆はそれらのハンディを大きく補うだけの領域へと達し
ている。小娘と思って侮っていれば自分は敗北するだろうとジャンリーは悟っ
た。そして、その事実に己の肉体が闘志で沸き立つのを感じていた。
 前に出て一気呵成に攻めかかり決着を付けたい、そんな気持ちがジャン・リ
ーの胸中に湧き上がってくる。しかしその思いを何とか押しとどめたジャン・
リーの前へヒトミの右回し蹴りが迫っていた。
 間一髪で己の欲求を押しとどめたジャン・リーは更に次の手を警戒した。そ
こへヒトミは蹴り足を一気に踏み下ろしながら右正拳追い突きを繰り出す。
 疾い!とジャン・リーが感じた瞬間、ヒトミの拳は彼の鳩尾を捉えていた。
 当りはそれほど深くない。しかし、ジャン・リーの呼吸を止め、一時的にそ
の動きを阻害するには十分な一撃であった。
 ヒトミはさらに腰を捻り左の逆突きを同じ部位に当てていく。その突きは先
程より深く、ジャン・リーの鳩尾に食い込んできた。
 よろめき後退するジャン・リー。ダウンするほどの重さではないがジャン・
リーは両の足を踏みしめ、踏みとどまる。だが、その間合いはヒトミの次の攻
撃には最適の間合いだった。

 ヒトミは更に踏み込み。右の正拳逆突きを繰り出す。それは先の二連突きよ
りも遥かに重く深く鋭くジャン・リーの鳩尾を抉った。
「カハ……ッ……」
 ヒトミの放った正拳逆突きの圧力がジャン・リーの肺を圧迫し溜まっていた
空気を一気に押し出す。全身から力が抜け辛うじて立っているだけの状態。
 しかし、戦いに明け暮れていたジャン・リーの肉体はその機能を回復させよ
うと働き始めるが、それも空振りに終わった。
 ヒトミの右膝がジャン・リーの鳩尾へと突き上げられる。
「ゴブ……ッ……」
 一度はジャン・リーの体内へと吸い込まれた新鮮な空気が肺から吸収しきる
前に再び一気に吐き出された。再びジャン・リーの身体機能が低下する。
 そこへヒトミは突き上げた膝蹴りを下ろさず膝から下のスナップと腰の回転
を加えた上段回し蹴りを放った。綺麗な弧を描きジャン・リーの側頭部をヒト
ミの足の甲が捉える。
 ジャン・リーの脳が攪拌され膝が落ち始めた。ヒトミは更に回し蹴りを地に
下ろさず振り上げ、一気に振り下ろした。姿勢が低くなっていたジャン・リー
の頭頂部へヒトミの踵落としがクリーンに決まる。
 ジャン・リーの顔面が石畳へと叩きつけられた。ヒトミは一歩下がると構え
を取り残心の姿勢を示す。

 もはや、勝負は決した。観戦する第三者が居れば誰もがそう思っただろう。
 しかし、ジャン・リーの前に立つヒトミはそうは思っていなかった。
 そして、ヒトミの思い通り、ジャン・リーは立ち上がろうとしていた。先ず
は指先が石畳を掻き、やがて身体を支え押し上げる為に掌を石畳へと押し付け
る。
 次第にジャン・リーの上体が起き上がり膝立ちになり、ゆっくりとしかし、
生まれたての子馬のように弱々しく立ち上がっていった。
 ジャン・リーを突き動かすもの。それは強者との戦いと言う欲求に対する執
念だった。
 そして、その執念は遂に構えを盗らせるに至る。だが、その目には格闘家と
して冷静に戦局を見極め戦う為の光はなく、手負いの獣の様な飢えた光がある
だけだった。
 ヒトミはその様子にこれからの戦いは試合と呼べるものではないと、覚悟を
決めた。ジャン・リーはヒトミの決意に呼応したかのように咆哮を上げ、襲い
かかっていった。
 つい先程までの弱々しさは消え去り、吹き荒れる嵐のようなジャン・リーの
猛攻をヒトミは冷静に捌いていく。
 冷静さを失ったとは言えジャン・リーの攻撃は急所を鋭く付いてくる。いや、
それは理性と言う軛を解き放った野生の本能がなせるものと言うべきであろう
か。

 ヒトミの背筋に冷たい汗が流れ始める。だが、ヒトミはそれに臆すること無
く反撃の手を繰り出していった。
 ジャン・リーの突きを捌き躱し彼の身体が流れたところへ正拳や蹴りを打ち
込み、それを足がかりに更に連突きや変幻自在の蹴りでダメージを蓄積させて
いく。
 やがて、ヒトミは自分を飲み込みかけていた恐怖を絶叫マシンの様に楽しみ
始めていた。もらえば一溜まりもない容赦のない一撃を掻い潜り己の攻撃を叩
きこむ。
 格闘家として自分の技倆を尽くし戦うという喜びも相俟って、それは得も言
えぬ快感となっていた。それと同時にヒトミの心の奥底から別の感情が生まれ
ていた。
 自分の拳が、肘が、肘が、爪先がジャン・リーの肉体を抉る感触と彼に浮か
ぶ苦悶の表情、口から漏れる苦痛の喘ぎ声に身体の芯が疼く。それはつまり相
手を叩きのめす快感であった。
 これが武道としての試合であれば実直な性格のヒトミはその感情に嫌悪感を
抱いていたことは間違いない。だが、幸か不幸かその軛はジャン・リーのお陰
で完全に解き放たれていた。
 相手の攻撃を見定める冷静さは今や、ジャン・リーの様々な表情を観察する
為のものとなっていた。

 やがて、ジャン・リーの攻撃の手は弱々しくなり、遂にはヒトミが一方的に
ジャン・リーを打ちのめすばかりになった。
 倒れては何度も起き上がる事を繰り返してきたジャン・リーの身体は土埃で
薄汚く汚れている。
 更にはヒトミの打撃の後が生々しい痣となり、ところどころから血が滲み出
していた。
 顔は瞼も頬も既に腫れ上がりだらしなく開かれた口からは歯の抜け落ちた跡
が見て取れる。無論、こちらも痣や血の滲みがそこかしこに浮かんでいた。
 ヒトミの打撃がジャン・リーを捉える度に汗と血が飛び散るだけとなる。
 もはや、これ以上の反応は望めないと判断したヒトミは止めを刺す事にした。
「セイッ!」
 ヒトミは裂帛の気合と共に上段回し蹴りをジャン・リーの側頭部へと叩きこ
む。だが、ジャン・リーは倒れなかった。吹き飛ばされた先に道観の壁があり
地に伏すことを阻まれたからだ。
 ジャン・リーは無意識のうちに壁を探りヒトミへと正対する。そこへヒトミ
は左右の下突き、ボクシングのボディ・アッパーにあたる突きでジャン・リー
の鳩尾を突き上げた。ジャン・リーの身体が前へと崩れ落ちる。そこへ駄目押
しと言わんばかりに膝を叩き込んだ。
 壁と人体で最も硬い凶器に内蔵が押しつぶされ、ついにジャン・リーは立つ
力も失った。
 ヒトミが膝を収めるとジャン・リーは道観の石畳に倒れこむ。
「有難うございました」
 そんなジャン・リーを見下ろしヒトミは礼儀正しく一礼をした。その言葉に
は自分の技を振るう新たな境地に立たせてくれた感謝の念が含まれていた。
 ヒトミはその拳に残る感触に浸りながらその場を立ち去った。この先に待つ
さらなる屈強な男達との戦いを求め、彼らを屈するために己をより高めていく
決意と共に。
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