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通過儀礼

 とある大学の構内。感慨深げに古びてはいるが手入れの行き届いた空手部の看板を見つ
める一人の青年がいた。その視線には空手の強豪校として知られるこの大学に入れたと言
う歓喜に満ちていた。
 精悍な顔付き、短く刈り込んだ髪型、着衣の上からもわかる鍛えられた身体が青年が如
何に熱心に空手に打ち込んできたかを伺える。
「君は入部希望?」
 看板を眺める精悍な顔つきの青年の耳にハスキーな女性の声が響く。声に青年は振り向
いた。
 視線の先にいたのは一人の女性。しかも僅か1メートルほどの距離にいる。幾ら看板を
見つめてたとは言え、これほどの距離まで彼女が近づいてきた事に全く気づかなかった事
に驚いた。
 そして、もうひとつ驚いたのは身長180センチ近くある自分と同じ目線の高さにショ
ートカットの女性の顔があったことだった。
「もしかして、君は……推薦入学の竜堂勝君?」
 長身の女性は一度、記憶を探るようにしてから嬉しそうに言った。
「ええ、そうです。俺が竜堂勝です……貴方は?」
 長身とは言えモデルのような体型の女性から自分の素性を言い当たられ驚く勝。
「そうそう自己紹介がまだだったわね。私は結城亜理沙、こう見えても女子空手部主将よ」
 そう言って亜理沙は微笑む。空手をやっているとは思えない優しげな癒し系美人の笑顔
に勝はドキリとした。
「うちの学校は男女共同でこの道場を使ってるの。合同での稽古もあるし、よろしく」
 内心で完全に上がってる勝をよそに亜理沙が挨拶をする。
「お……押忍!よろしくお願いします!」
 亜理沙が女子空手部とは言え主将であると判り、勝は姿勢を正すと深々と礼をした。
 勝が新入部員として空手部の活動を開始してから数ヶ月、勝は既に上級生に混じり組み
手を始めていた。幼い頃から空手漬け、インターハイ全国を含めた幾多の大会での優勝と
言う経験もあってのものである。
 その実力も空手部創設以来、指折りのものとして数えられていた。期待の新人として一
目置かれ、しごかれる毎日が続いている。
 その間にも何度か女子空手部との合同稽古はあった。その中で亜理沙は幾度と無く男子
部員との自由組手をこなしていたが、何れもあっさりと彼らから一本取っていた。
 勝はその光景に何時しか疑問を感じ始めていた。空手一筋に生きてきて様々な大会で優
勝をさらってきた勝でさえ、敵わない先輩たちがあっさりと負けを認め引き下がっていく。
 これが名門と呼ばれた空手部の光景だろうか?亜理沙の実力はそれほどのものなのか?
合同稽古の度に勝の疑問膨らんでいく。そんな勝にもとうとう亜理沙と組手をする機会が
やってきた。
 男子部主将や副主将、その他先輩たちが口々に「無理は禁物だ」「胸を借りるつもりで
ぶつかってこい」と勝に言ってくる。
 勝は彼らの言うことを内心、不快に思った。亜理沙の180と言う身長は女子どころか
男子でも日本人としては恵まれている。
 だが、体重も筋力も男子に劣る亜理沙にやり込められた事を悔しがるどころか、誰もが
心酔している。女子の格闘技も本格的になりつつ在るものの、やはり格闘技は男の世界だ
という意識が勝にはあった。
 このおかしな状況にはなにか裏があるに違いない。ならば、自分がそれを暴いてやろう。
勝はそう決心すると亜理沙との組み手に望んだ。

 拳サポーターを着け、互いに開始線まで進む二人。二人は一礼を交わすと互いに左足を
前に構えをとった。
 骨太でがっしりとした体格の勝に対し、すらりと細身の亜理沙。身長はほぼ同じだが体
重差は圧倒的なのは目に見えてはっきりとしている。
 互いに睨み合う二人。勝は近年のフルコンタクト空手に見られるボクサーのような姿勢
で、フットワークを使い間合いを測り続ける。
 対する亜理沙は後ろにした右足に体重を多めにかける後屈立ちで足の動きはすり足。し
かも、左右の腕を天地に構えた伝統派の構え。
 殆ど動きを見せない上に中段の防御が疎かな構えの亜理沙に対して、後ろにした右足を
蹴り込み左の中段正拳突きを放つ勝。そこを亜理沙は居合い抜きの様に反撃へと転じた。
 亜理沙が勝の正拳突きを無造作に払う。それと同時に右足が勝の左足を道場の床へと着
く前に払った。
 勝はバランスを崩し倒れこむ。受け身を取れずに背中をしたたかに打ち付けた勝の呼吸
が止まった。更に亜理沙は勝の顔面へと目掛け下段突きを落とす。
 迫り来る亜理沙の拳。避けようにも捌こうにも呼吸が乱れ体が動かない勝。その目の前
で亜理沙の正拳突きが止まる。
 「ちょっと、力み過ぎかな?もう少し肩の力を抜いて、もう一本行きましょう」
 即応性が無いと言われるガチガチの伝統派の構えを取っていたとは思えない亜理沙の反
応と、拳によって起きた風圧の意外な強さにじっとりと粘着くような汗が浮かんで来た勝。
 そんな勝に亜理沙は初めて会った時の笑顔浮かべ、手を差し伸べてきた。

 差し伸べられた手を握り、すぐには立ち上がろうとせずわざと抵抗する勝。この状況で
余裕と言わんばかりに笑顔を見せてくる亜理沙に対するささやかな抵抗。
 しかし、亜理沙はあっさりと勝を引き起こした。こういう時に腕力ばかりで起こすわけ
ではないのは勝も判っていた。とは言え、あまりにも呆気なく引き起こされたことに不満
を感じる。
 再び左構えを取り勝は亜理沙を睨みつけた。だが、亜理沙は両足を肩幅に開き手足はも
ちろんの事、身体のどこにも力みのない自然体で立ち続けている。
 もっとも無駄のない構えと都市伝説のように語られる姿勢を取る亜理沙に勝は自分が値
踏みされているのではないかと更に不満を募らせる。しかし、それに任せて突っ込むよう
な真似はしない。極限まで神経を研ぎ澄まし右足を前に出しながら中段正拳追突きで踏み
込んでいく。
 重心が上下にぶれることの無い滑るような移動と攻撃の一致。空手の真髄とも言える見
事なそれは亜理沙の正中線をしっかりと捕捉し突き進んだ。
 対する亜理沙は勝の動きに合わせて後退しつつ構えを取る。しかし受け流そうという気
配はない。
 完全に間合いを外したとの確信。無論、それは現実のものとなった。
 もっとも勝は亜理沙の後退でそれを予期していた。更に後ろになった左足で上段の回し
蹴りを打つ。
 しかし、亜理沙は今一度、後退して回し蹴りを躱す。
 そこへ勝は蹴り足を踏み下ろしながら右の上段逆突きを打ち込んでいったが、それも虚
しく空を切った。
 しかも、亜理沙は勝の真正面から姿を消していた。代わりにあるのは亜理沙の寸止めの
左裏拳。
 亜理沙は勝に対して前に構えていた左足を軸に彼の右側へと回り込みつつ裏拳を放って
いたのだった。

「まだまだ動きが硬いかな?深呼吸してリラックス」
 勝に対して諭すような口調で亜理沙はそう言うと開始線へと戻っていった。勝も釣られ
て開始線まで戻り直ぐ様、構えをとる。
「いいわね、やっぱり男の子はそうでなくっちゃ」
 無言で構えをとった勝の様子に笑いながら構えを取る亜理沙。勝は子供扱いされたこと
を不快に感じたがそれも表に出さなかった。
 それよりも目の前の敵に勝は集中する。今回の亜理沙の構えは半身になり僅かに腰を落
とし、両の拳を肩の高さで保っている。勝と同じくフルコンタクト空手の構えだ。違いが
あるとすればあいも変わらず、摺足でジリジリと間合いを測ってくること。
 しかし、それでも攻め守りどちらにも即時に対応できる構えであることは間違いなかっ
た。その構えに衛は亜理沙が攻めてくると警戒する。
 何時、飛んでくるかわからない攻撃に対し、力の入りすぎた構えでは着実な対処ができ
ない。癪だが亜理沙の言うとおりだと勝は自分にそう言い聞かせて自然に構えるように心
がけた。
 しばしの沈黙。道場には勝が板の間を蹴るフットワークの音のみが響き渡る。その中に
突如、道着の擦れる音が混じった。
 静から動へ亜理沙の様相が一転する。右の上段逆突きから左右の鈎突き、そして締めは
左の下突き。いずれも勝の顔面を狙った前進しながらの四連突き。
 攻撃が来ると勝は心構えていたものの受け流すことも捌くことも諦めて、後退するしか
無いほどの速さだった。
 だが、勝は最後の下突きを躱すと反撃へと転じた。中段右回し蹴りで亜理沙のがら空き
になった左の脇腹を狙う。
 対する亜理沙は冷静に退いて間合いを外す。そして勝の蹴り足のふくらはぎを下へはじ
いた。
 蹴りの軌道を変えられ姿勢を崩す勝。更に亜理沙は軸足を右の下段蹴りで刈り取った。
 再び背中を床へと叩きつけられ息が詰まる勝。呼吸を取り戻した時には既に亜理沙の下
段突きが勝の目の前、数センチの所で止まっていた。

 この日、3度目の寸止め。余裕だと言わんばかりに見せた微笑、値踏するような自然体
の構え、加えて先の子供扱いにとうとう勝の怒りが沸騰した。
 倒れたまま、足を蹴り上げる勝。その先には亜理沙の顔があった。しかし亜理沙は素早
く立ち上がりそれを避けてから構えを取る。
 勝としては当たればよし、当たらなければその間に体勢を立て直すつもりで出した場当
たり的な蹴りだった。
 二人の組手を見ていた男子部員たちが騒然となり、女子部員たちから「何するのよ!」
或いは「往生際が悪いわね!」と野次が飛ぶ。中には立ち上がろうとする者もいる。
「手を出さないで!」
 亜理沙の一喝に腰を浮かせかけていた者達の動きが止まった。その間に勝は立ち上がり、
構えを取っていた。更には亜理沙へ向かい突っ込んでいく。
 そこへ亜理沙は勝の膝を左足で蹴り前進を留めた。出鼻を挫かれ勢いが衰える勝。更に
亜理沙は蹴り足を下ろさず抱え込み、前蹴りの姿勢を見せる。
 勝はそれに反応し真っ直ぐ伸びてくる蹴り足を打点をずらし威力を殺そうと敢えて前に
出ようとした。
 しかし、それは急に軌道が変わり前蹴りと回し蹴りの中間の軌跡を描いた。三日月蹴り
と呼ばれ、左足で出せばレバーを狙うことが出来る変則蹴り。
 しかも勝が前に出たことによって完璧な間合いで繰り出され、勝の動きを止める。
 亜理沙は蹴り足を引かずに下ろしながら右足で蹴りを打つ。低めの軌道から勝はそれが
下段回し蹴りだと判断し、がむしゃらに身体を動かしスネで受け止めようとした。
 だが、亜理沙の軸足の向きが爪先を軸に普通の回し蹴り以上に捻りが加えられ、一気に
上段へと跳ね上がった。亜理沙の蹴り足が袈裟斬りの様に勝の首筋を捉える。
 マッハ蹴りと呼ばれブラジル系の空手選手が使うブラジリアンキックの元になったとも
言われる一撃は神経の集中する首を強打し勝を麻痺させた。

 力を失い崩れ落ちる勝。辛うじて意識は残っているが身体の自由が効かない状態で勝は
亜理沙への考えを改めていた。
 恵まれた身長があるとは言え、自分達と大差のない時間を生きてきた亜理沙が体重差を
覆すだけの実力を持っている事実。更に亜理沙の実力が努力だけではどうにもならない、
天賦の才能を磨きに磨き上げた結果であることを、組手の最後に見せられた変幻自在の蹴
り技とその威力で理解させられたからだ。
 そこへ、亜理沙が歩み寄ってくる。なんとか動けるまでに回復した勝はやっとの思いで
上半身だけ起こした。
「ちょっと、元気すぎたみたいね。またおイタをしたら、もっときついお仕置きだよ?」
 眉根を寄せ、乗り気ではないと言った態度で亜理沙が勝に告げる。また勝を子供扱いし
ているが、それを気にする事無く勝は素直に謝罪した。
「そうそう、男の子は素直が一番。これに懲りたらしっかり稽古するのよ」
 亜理沙が優しいお姉さんと言った笑顔を見せて勝に告げてから踵を返した。
「今、勝君は組手を最中に私闘に走ったことを謝罪したわ!君達の中にも覚えがある者は
いるでしょう?決して罰を与える事のないように!」
 その声を様々な大会で好成績を収める男達が居住まいを正し神妙に聞き入った。誰もが
亜理沙がそういうのならと納得の表情を浮かべている。
 勝は亜理沙の凛とした後ろ姿を見ながら勝はどうせならこうやって叱って欲しかった等
と埒もない事を考えてしまった。と、同時にあれだけ皆が慕っている亜理沙に対する自分
の振る舞いへ怒りを感じてる上級生たちを抑えてくれたことに感謝も覚えている。
 最早、勝の胸中からは既に亜理沙の実力へ対する疑いは雲散霧消していた。いや、それ
だけではない誰もが羨む実力を持ちながら、妬む者の居ない亜理沙の人格に勝も上級生達
のように心酔していた。
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