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受け継がれる思い

 某テレビ局の放送スタジオ。そこにはオクタゴンが組み上げられていた。
 元アスリート、或いは趣味でスポーツをやっていると言うには熱が入った男
性芸能人が現役プロ女子アスリートに挑戦するという企画が売りの番組の為で
ある。
 オクタゴンの中では一人の若手人気俳優がウォームアップを行なっていた。
 彼の名は本間勇吾。年齢22歳。若手刑事やスポーツ部に所属するヤンチャ
な少年と言った役で人気の俳優。
 ヘッドギア越しに覗くのは精悍な顔立ち。肩幅が広く無駄なく鍛えられた肉
体。その身長172センチ、体重55キロ、体脂肪も10%前後と言う数値は
プロアスリートと言っても通じるものである。
 今回の女子プロ総合格闘家新人王へ挑戦すると言う企画に起用されたのは忙
しいスケジュールの合間にジムに通いアマ全国大会で優勝を果たしていたから
だ。その実力からプロデビューも噂されているが本人にその気はない。
 プロの格闘家とは言えそれだけで食べて行けるものは一握りで、別に職業を
持っている者が殆どだ。
 芸能活動が軌道に乗った以上はそこまでして続ける熱意は勇吾にはない。そ
もそも、趣味で始め周りに勧められるがままに大会に出場し好成績を収めてき
ただけの代物。
 だが、その実力を持ち上げられることには悪い気はしてなかった。今回のオ
ファーを受けたのも、その実力を持ってすればプロ新人王とは言え女子相手な
らそこそこ、闘える自信があったからだ。
 この試合が終われば互いの健闘を讃え合う姿を多くの人に見せることで、人
気取りに利用できるかもしれない。そんな打算も勇吾にはあった。

 勇吾の待つオクタゴンへ髪を首筋まででカットした一人の少女が入ってきた。
 彼女は女子総合格闘技G-GIRLSの現新人王、黛洋子。身長165セン
チ、体重45キロ、体脂肪率は10%代前半。数値の割に筋肉が浮き出ている
が、それは筋トレや有酸素運動を重ねても中々、小さくならない89と言うバ
ストの脂肪率である。
 若干18歳にして、その王座を射止めた洋子は幼い頃、遊び場代わりにして
いた叔父の経営するジムでひたすらキックボクシングに打ち込んできた。
 高校に入ってからは総合クラスや柔術クラスでも練習を始め、総合の試合だ
けではなくキックボクシングや柔術等総合に必要とされるスキルを上げるため
なら様々な大会に出場をしている。更にはそれらの地区大会や全国での優勝。
 柔術のに至っては地区大会ではあるがガロ(46キロ未満)級とアブソルー
ト(無差別)級の二階級制覇と言う成績が選手不足に喘ぐG-GIRLSの目
に止まりプロデビューとなった。そして、その実力を裏付けるかのような連勝
と全日本新人王決定戦での優勝を果たした彼女は女子格ファンの注目を集める
ところとなる。更には、格闘技に打ち込んできたとは思えない美少女の顔と大
きなバスト、それとは相反する鍛えぬかれた肉体が人気に拍車をかけた。
 洋子が今回の企画に女子アスリート側として選ばれたのも当然と言えるが、
オファーを受けるか否か洋子はしばらく決めかねていた。番組を見てみると男
性芸能人が善戦できるようにと女性アスリートの側には制限が付けられている
事も少なくない。
 だが、試合条件の交渉が進むうちに女子の試合では禁じられることも少なく
ないパウンドが認められた。他に普段の試合と違うのは勇吾がアマであるとの
理由でヘッドギアの装着を義務付けられていること位。
 新人王には輝いたものの女子の選手層の少なさからしばらく試合も決まらず
無聊を持て余していた洋子は退屈凌ぎ位にはなるだろうと参加を決めた。

 格闘家と言う名の猛獣を閉じ込め争わせるゲージに入ると洋子は敷き詰めら
れたマットの感触を確認するかのように跳躍する。
 G-GIRLSでは通常、オクタゴンではなくリングで試合をしていた。洋
子はこの企画の直前に先輩の女子選手から金網は試合が終わるまで出られない
閉塞感にどれだけ耐えられるかが鍵だと聞かされていた。だが、洋子はその閉
塞感を全く感じてはいない。それどころか洋子は血を滾らせる。
 それは久しぶりの闘いだからと言う理由だけではない。この閉鎖された空間
はリング以上に自分が闘う場として適している、そんな思いが洋子の身体に力
を漲らせた。
 洋子の纏っていた雰囲気が美少女アスリートから鋭い牙と研ぎ澄まされた爪
を持つ獣を思わせるものに変わった。しかし、その瞳からは理性も知性も失わ
れていない。これこそが総合格闘家、黛洋子の姿である。
 洋子の雰囲気が変わったことに勇吾は気づいた。しかし、流石はプロと言う
認識くらいしかない。手を差し伸べ握手を求める勇吾、洋子はそれに応えた。
 今の洋子は肉体的にも精神的にもベストコンディションと言っても間違いな
い。だが、この期に及んで不満がひとつ生まれる。今の勇吾が相手では物足り
ない、それは彼の気迫が足りないことだった。
 挨拶を終えた二人の元にヘッドマウントカメラを着けたレフェリーが歩み寄
りボディチェックとルールの説明を行ってから試合開始を告げゴングが鳴った。
 制限時間は5分、ついに二人の闘いが始まる。洋子と勇吾は互いにオープン
フィンガーグローブで覆われた拳を軽く合わせると間合いを測りながらジリジ
リと動き始めた。

 二人は円を描きながら互いの様子を伺い続ける。その円は徐々に小さくなっ
ていった。
 まずはそれとなく、洋子が目測でジャブが届きそうな間合いに詰めてから軽
く左の拳を振るう。乾いた音が響き、洋子の拳が勇吾のガードを捉えた。
 勇吾の腕に軽く痺れが走る。それと同時に自分の距離感が僅かに狂っている
事を自覚した。口の中は既に乾ききっている。
 眼の前にいる少女と対峙しているだけで、これだけの緊張感。予想を遥かに
超える重圧に勇吾は自分の身体に力が入りすぎてガチガチになっているのに気
付く。
 そこへ洋子の左ジャブが再び繰り出された。再び勇吾のガードをとらえる乾
いた破裂音。洋子は更に右左と、矢継ぎ早に大きくロングフックを繰り出して
いった。
 対する勇吾は初弾をガードし第二弾はスウェーバックで躱した。そしてスウェ
ーした上体を戻しながらの右ストレート。洋子はそれを左へウェービングで潜
り抜けてから再び左のロングフック。それは勇吾の顎を掠めた。
 その効果は特になく、勇吾は左のアッパーを打ち上げた。その動きはまだま
だ固い。洋子はそれをバックステップで逃れる。勇吾はそれを追い前進する。
 勇吾はかつてアマレスの国体選手として活躍していた事もあり、そのダッシュ
力は眼を見張るものがあった。一気に間合いが詰め、ロングフックを振りかざ
す。
 まだまだ動きは固いもののそのハンドスピードはプロデビューを噂されるだ
けのことはあった。しかし、洋子はそれをあっさりと躱す。
 勇吾は諦めずに更に拳を繰り出しながら前進を続けた。

 勇吾の拳は空振りを続ける。だが、固い動きは無くなっていた。反撃の手を
出してこない洋子に圧力をかける事に成功した。そんな思いとともにひときわ
大きく拳を振りかざす。そこへ洋子が左ジャブを繰り出しながら一歩前進する。
 勇吾の目の前が一瞬、真っ白になった。足元が突然、消えたような錯覚と落
下感。痛みは全くない。しかし、身体に力が全く入らない。
 勇吾が視界を取り戻し、身体が動けるようになった時にはカクテル色のライ
トを見上げていた。
 カウントは8まで進み、猛獣の檻の中ではやっと立ち上がり、ファイティン
グポーズを取ったばかりの勇吾と彼の元を離れ温まった体を僅かでも冷やさぬ
様に跳躍を繰り返す洋子の姿がある。
 勇吾の頭にまさかと言う思いが鎌首をもたげる。相手はプロとは言え女だ。
その女がジャブ1発で自分を、しかも、ヘッドギアで頭部が保護されてる自分
をアマの試合ならKOを取られる時間、マットに膝をつかせていた。その思い
が勇吾の怒りを沸騰させる。その様子に洋子はまだ足りないと言った視線を投
げかけた。
 レフェリーが試合再開を告げる。勇吾はその合図に弾かれるように一気に洋
子の元へと飛び込んで行く。
 勇吾は次々と両腕を振り回し拳を洋子に叩きつけようとする。その冷静さを
欠いた攻撃は洋子にとって反撃して下さいと言っているようなものだった。
 洋子はカウンターで、或いは勇吾が大ぶりの攻撃を空振りした時にパンチを、
キックを入れていく。ストレート、フック、アッパー様々な角度から洋子の拳
が勇吾の脳を揺さぶり、洋子のミドルキックがボディブローが勇吾の内蔵をえ
ぐる。
 しかし、勇吾は倒れない。意識が飛びかけた瞬間もあったが勇吾の怒りが原
動力となり、身体が倒れることを拒否し、憶えた技を繰り出していた。
 勇吾が冷静さを取り戻したのは試合時間が残り2分30秒、全身が乳酸でパ
ンパンになり息をするだけで肺が痛み出した頃だった。しかも、アドレナリン
が切れ洋子の打撃を受けた部分は熱くなり痛みを感じている。今は、構えをとっ
てるのがやっと言う状況だ。

 無意識のうちに洋子から遠ざかろうとする勇吾の脳裏にこのまま諦めてしま
おうか?そんな思いが過ぎる。「流石はプロ」と洋子を讃えれば、ここで負け
を認めても自分が傷つくものではない。そう納得しようとする自分がいる。痛
みのあまり一体、ここで何をやっているんだと思う自分もいる。
 しかし、そんな自分に異議を唱えるように過去、対戦をしてきた男たちの姿
が蘇ってきた。悔しがる男も居れば、俺の分まで闘ってきてくれと励ます男が
いる、再戦を誓い合うものもいる。
 自分がプロへとなる意志はない。だが、趣味でこのまま続けたとしても自分
と試合を重ねてきた男達の思いを背負って行かなければならない。それはプロ
でもアマチュアでも変わるものではない。勇吾はそんな男たちの想いを胸に最
後の力を振り絞り勝てずとも時間切れまで闘いぬこうと決心した。
 勇吾の様子が変わったことに、洋子が満足したような笑みを浮かべる。
「やっと、闘う男の顔になったね」
 勇吾は答えもせず、ただじっと洋子を見据えた。そして、再び拳を振るい始
めた。

 鋭いジャブからまっすぐ伸びるストレートのワンツーから繰り出していく。
洋子はその攻撃に感心しながらウェービングで躱した。
 総合ではやることが多く、ワンツーの練習を嫌うものも少なくない。しかし、
勇吾のジャブのキレ、ストレートの伸びはしっかりと練習した者だけが持って
いるそれだった。洋子の口元が綻んでくる。今の勇吾なら自分を満足させてく
れると。
 勇吾はワンツーから一気に姿勢を低くするとタックルを仕掛けようとする。
洋子はタックルに備えて腰を落とそうとした。そこへ勇吾の右のロングフック
が飛んでくる。
 しかし、洋子はそれをしっかりとガードした。左腕がビリビリと痺れると同
時に体重差のために後退する。特に大きなダメージもなく洋子はしっかりと踏
みとどまった。そこへ勇吾が勢いづいて前に出てくる。
 洋子は鋭いジャブで前進してくる勇吾を牽制しようとした。だが、勇吾は身
を低くして更に踏み込む。勇吾の狙いはタックルだった。
 しかし、洋子は勇吾のタックルに右の膝蹴りで冷静に対応する。重い打撃音
と共に洋子の膝が勇吾の腹部にめり込んでいく。勇吾の横隔膜が思い切り突き
上げられ肺に溜まっていた空気を一気に吐き出した。
 勇吾は膝が落ちそうになりながらもタックルを続けた。自分の腹部を抉った
洋子の膝を左脇に抱えテイクダウンする。
 勇吾はつい先程、食らった洋子の膝でまだ息ができずにいた。それでも身を
起こし次の手を打とうとする。だが、動きが鈍い。
 下になった洋子は勇吾の右手を両手で掴むと左足を彼の腰へ、右足を左肩へ
とあてた。

 この状況ではパウンドは洋子に届かない、そう判断した勇吾はまずは掴まれ
てる右手を切ろうとした。だが、洋子の力は予想以上に強くそう簡単に切れそ
うもない。
 勇吾は自由になる左手で洋子の右足を取り、足関節に持ち込めないか?いや、
それよりも洋子に自分を両足で抱えさせるクローズドガードを取らせてからパ
スガードしてじっくり攻めるべきか?或いはここで立ち上がってスタンドから
仕切りなおすべきか?と様々な思考を巡らせる。
 しかし、その数瞬の思考が仇となった。洋子は勇吾の右腕を掴む手を右手だ
けにすると左手で勇吾の顔面を殴りつける。
 更に2発、3発と洋子の下からのパンチが続く。勇吾に右手を切られないよ
うにしながらのパンチであるため連打ではない、試合が決まる程の威力もない。
 しかし、勇吾はこの状況を続けるわけにも行かず、分の左肩に当てられてる
洋子の右足を取り、掴まれてる自分の右手を切って足関節に持ち込もうとした。
 対する洋子は右足が掴まれる前に勇吾の肩から首の後に回し、彼の腰に当て
ていた左足でロックし、頭を両手で抱え込もうとした。
 三角絞めが来る、勇吾はそう判断すると胸を張り右腕の肘を曲げて決められ
ないようにする。洋子は右手で勇吾の頭を抱えたまま、彼の右手を左手で取り
伸ばそうとした。
 技を完成させようとする洋子と、それを阻止する勇吾、力のせめぎ合いが続
く。
それは僅かずつではあるが洋子へと天秤が傾きつつあった。洋子の打撃で受け
たダメージが効いている。このままでは落とされると判断した勇吾は一か八か
の賭けに出ようとした。
 それまで、膝立ちだった勇吾は足でマットを踏みしめ洋子を持ち上げようと
する。バスターで洋子を叩きつけ逆転KOを狙うつもりだ。
 勇吾が全身の力を振り絞り一気に伸び上がろうとした。

 洋子は勇吾の首をロックしていた両足を外すと。今度は右腕を挟みこみ、両
手で更に抱えようとした。洋子の肩がマットから離れようとした一瞬の判断で
ある。
 しかし、勇吾も自分の腕が伸びきる前に右腕を左手で掴んだ。洋子の腕十字
は決まらない。
 勇吾は一度、腰を落とし姿勢を低くしてから腕を伸ばしきられないようにし
つつ、右腕を引き抜こうとする。だが、洋子はあっさりと勇吾の腕を離した。
 勢い余って勇吾がのけぞる。そこへ洋子は勇吾の左足首を右手で掴み、左足
を勇吾の膝裏へ当ててから右足で勇吾の腹部を押した。勇吾は背中からマット
へと倒れこみ、洋子は起き上がる。
 草刈りで上下を入れ替えた洋子に対し勇吾はガードポジションを取ろうと試
みる。
 しかし、洋子は既に片膝を割り、マウントポジョションを取りかけていた。
勇吾はギリギリで残る洋子の足を両足で絡めハーフガードに持ち込もうとする。
洋子はそれに構わず上体を起こし拳を勇吾の頭部へと振り下ろした。一瞬、勇
吾が怯む。
 そして、洋子にとってその一瞬は十分な時間だった。残っていた足を抜き取
り両膝で勇吾の身体を固定し僅かに腰を浮かす。理想的なマウントポジョショ
ン。
 そこから洋子は両腕をフル回転させた。洋子の左右の拳が豪雨の様に勇吾の
頭部へと降り注ぐ。いくらヘッドギアをしているとはいえこれ以上の試合の続
行は危険だと判断したレフェリーが両腕を交差させ試合終了の合図をする。

 ゴングが鳴り響き、洋子は拳を振り下ろすのを止める。そして、息を整えて
から立ち上がった。その表情は久しぶりの試合に満ち足りている。
 勇吾は大の字になったままマットに寝転がり肩で息をしていた。
「立てる?」
 洋子は勇吾の様子を見て手を差し伸べてきた。勇吾はその手を握ると上半身
を起こした。洋子はグッと力を込めると勇吾を引き起こす。
 勇吾は立ち上がりはしたものの、ふらついた。それを洋子は支える。勇吾の
身体に洋子の格闘家らしからぬバストが押し付けられる。流石に勇吾は気恥ず
かしくなり、何か言おうとするがそれを洋子は人差し指で口を塞ぎ制した。
「最後まで勝負を捨てなかった君へのご褒美」
 洋子はそう言うとウィンクする。勇吾はその表情にドキリとした。
「それから、再挑戦ならいつでも受け付けるから」
 今度は悪戯っぽい笑みを浮かべながら洋子が問いかける。その言葉に勇吾は
がぶりを振って寂しそうなに笑みを浮かべた。
 勇吾は洋子と闘い自分の格闘技に対する思いが甘かったことを思い知り、こ
れ以上は続けていけないと悟ったのだった。
「そっか…じゃぁ、君の思いも君と闘ってきた人達の思いも私が背負ってあげ
る」
 洋子は勇吾の心中を察したのか優しく諭すように応える。
「ありがとう」
 洋子の応えに勇吾は礼を言う。その瞳から一筋の涙がこぼれた。洋子は勇吾
の頭を優しく抱え胸へと抱き寄せる。
 勇吾はカメラが回ってるのも忘れて嗚咽を始めた。理由は4歳も年下の少女
が自分よりも強かった事ではない。僅か数分、拳を交えただけなのに見透かさ
れてしまう自分の薄っぺらさに、それでも自分を慰めてくれる洋子の優しさに、
彼女の器の大きさに涙したのだった。
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