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燃え尽きるまで(後編)

しかし、背後のロープによりダウンすることが許されず反動により再び理保の
制空権へと飛び込んだ。
理保のウェービングから繰り出す左右のフックの連打が男の頬を打ち抜く。男
はその度に汗と血を撒散らした。更にマウスピースを失い、保護される事のな
い男の歯が折れ、口から飛び出した。
男は必死に理保の攻撃に耐えながら反撃の機会を窺う。遂に理保のフックの雨
が止み男に反撃の機会が訪れた。
男はワンツーからの左フックを放つ。しかし、ウェービングとダッキングを駆
使し理保はそれをかわした。そこへ男が右アッパーを繰り出す。
理保は男の最初のアッパーと同様に身体を捻ってやり過ごすと最初に繰り出し
た同じ要領で右のボディアッパーを放つ。男の鳩尾を捉えたその一撃は更に、
一瞬ではあるが男の身体を浮き上がらせる。
横隔膜を突き上げられ呼吸困難に陥った男は必死に酸素を求め魚の様に口を開
閉させるとそのまま前へと崩れ落ち芋虫の様にダウンした。

男の全身を苛む痛み。しかし、男はその痛みに魂を熱く燃え上がらせていた。
圧倒的な強さを持つ者との最後の闘い。それこそが男が求めていたものだっ
た。唯一の思い描いていた闘いと違ったのは殆ど反撃を許されない事。
だが、男はそれでも満足している。予想を遥かに上回る理保の実力に男の渇き
は満たされた。
男はその実力を更に身体に刻むために震える膝を叱咤し立ち上がった。そして、
重荷と化した両腕を構える。そんな男へ対し理保は拳を振るい始めた。
流れる様な理保のコンビネーションが何度も男を捉える。それは的確に上下へ
と打ち分けられ、或いは連続して同じ急所を捉える等の様々な変化を見せた。
こめかみ、頬、顎、心臓、肝臓、鳩尾、肝臓、様々な急所にストレート、フッ
ク、アッパーと種々のパンチが打ち込まれる。
時折、男は反撃を見せるものの理保はウェービングとダッキングを駆使し男の
パンチを避けてはコンビネーションを再開した。

男は何度もダウンしその度に起き上がった。次第に男の目から光が失われてい
く。そんな男に理保はただひたすら拳を繰り出し続ける。
理保の表情は真剣そのものだった。男の最後に燃え尽きたいと言う情念。その
答えとして理保は男をボクサーとして再起できないほどに潰すことを選んだ。
遂に男は限界を迎えた。立ち上がると構えもせずに虚ろな目で理保へと歩み寄
る。そして、そのまま理保に身体を預けるように倒れ込んだ。
理保は男を優しく抱き留める。男の鼻孔から血の匂いが駆逐され理保の女性独
特の甘い芳香が広がり、身体に押しつけられた柔らかな双房の感触が伝わる。
「君こそ最強の座に相応しい…君こそが真の世界王者だ…」
男はその二つの感触に刺激されると譫言のように理保の耳元で呟き始めた。
「ありがとうございます」
理保は男の言葉に一言だけ応える。
「燃え尽きられましたか?」
自分を褒め称える男に対して理保はそう聞いた。その言葉に男は頷く。
「今までお疲れ様でした」
理保は男にねぎらいの言葉をかけた。男はその言葉に頷きながらぼそぼそと何
かを言おうとして気を失った。そんな男を理保はゆっくりと横たえる。

男の顔はもはや原形を留めていなかった。右の目蓋は腫れ上がり左の目蓋は切
れ血が止め処なく流れる。鼻は潰れ、左の頬は元の倍以上に腫れ上がっていた。
更に無数の裂傷が顔を覆い、数え切れないほどの痣は顔のみならず上半身の至
る所に浮かび上がっていた。
見るも無惨な男の姿。しかし、その醜く傷つけられた顔には夢を見る少年の様
な表情が浮かんでいた。
理保はその表情に満足すると救急車の手配を済ませる。そして、救急隊員の駆
けつけたその時、既に理保の姿はなかった。
担ぎ込まれた病院で男に下された診断。それは網膜剥離、内臓の損傷、筋肉の
断裂、その他、様々な負傷。
男が意識を取り戻した時、医師に告げられた言葉は何があっても、リングへ上
がることは許されないという一言だった。男はその言葉に静かに頷くと引退を
決意した。
雑誌やTVで理保の姿を見る度に男は彼女に闘いを挑み、一方的に打ちのめさ
れた夜を思い出した。そんな光景と共に時折、男の脳裏に一つの考えが沸き上
がる。それはボクサーとしてだけではなく人生の幕引きを彼女に任せても良かっ
たかも知れないという思いだった。
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